今日、私たちはあの街で Vol.1

今日、私たちはあの街で:バレンタイン当日、彼と音信不通に。翌日に驚愕のLINEが届き…

後日のやりとりで、涼の拠点とするスタジオが南青山にあることがわかった。

広尾にある可憐の自宅からは徒歩圏内。「ご近所同士、美味しいものを食べよう」という話になるのは、ごく自然な流れだった。

待ち合わせは、気取らないイタリアン『アントニオ南青山本店』。ビールで乾杯を済ませると、会話に花が咲きはじめる。


「先日はパーティーでのお仕事、おつかれさまでした」

「ありがとう。可憐さん、敬語じゃなくていいですよ。僕の方が若輩者だと思うので…」

話を聞くと、涼はまだ23歳。16歳で高校留学のため米国に渡り、アート・サイエンスの大学で写真を専攻。春から東京でカメラマンとして仕事をしながら技術を磨いているということだった。

「16歳で渡米なんて行動力がすごいね。落ち着いているから、年上かと思っちゃった。それじゃ、お互いに敬語なしにしよう」

ランチをしながら簡単に互いの話をしたあと、午後に撮影があるという涼を可憐は見送った。



東京に拠点を移したばかりの涼は、仕事仲間以外に話し相手がいないらしく、ちょこちょこと可憐に連絡をしてきた。

「元気?」「ご飯は食べた?」という小さな連絡。

可憐は、涼が自分を気にかけてくれていると感じ嬉しくなる。

「ちょうど夕飯の準備してた。よかったら、仕事帰りに食べていく?」

いつの日かそんな返事をしてから、涼はよく可憐の家を訪れるようになった。

料理をすることが趣味の可憐と、東京に友人の少ない涼。ふたりが時折食卓を共にするのは、気がつけば日常のひとつになっていた。

「付き合おう」という言葉は、どちらの口からも出たことはなかった。

ただ可憐は、涼との時間にひたすら居心地のよさを感じていた。

昼も夜もたわいなく連絡をくれて、美味しそうに手料理を食べ、無邪気に撮影や仕事のエピソードを話し、時にはベッドを共にする。

すやすやと自分の隣で眠る涼の寝顔を見ながら、可憐は微笑む。

才能を発揮し懸命に仕事をしている涼の、心のよりどころになっている。そんな実感によって、可憐の自尊心は限りなく満たされていった。


数日経ったある日、涼がお酒を飲む前に言った。

「可憐さん、ひとつだけ言っておきたくて」

「どうしたの?」

「…僕、誰かとお付き合いするつもりはないんだ。今はカメラの腕を磨くのに大事な時期で、仕事も断りたくない。チャンスがあれば世界中どこでも行きたい」

「…」

「パートナーがいることで制限ができたり、相手を振り回したりしたくないんだ」

涼からの突然の忠告に、足をすくわれた気がした。

― 「心のよりどころ」なんて思ってたのは、私だけだったんだ。

26歳で、これまでいくつかの恋愛を経験してきた可憐には、わかっていた。このタイミングで自分の好意を伝えたり、無理な説得で涼の考えを変えようとしたりするのは、何の意味もなさない。

明確に、距離を置かれたのだ。

ショックを受けたことを、必死で隠す。絞り出したのは、綺麗さを取り繕っただけの、心にもない言葉だった。

「うん…理解できるよ。応援する」

「可憐さん、ありがとう」

ふたりは乾杯し、いつものように笑顔で料理を食べ始めた。



12月下旬に差し掛かるころ。涼からの連絡の頻度が落ちていることに可憐は気がついた。

涼いわく、この時期は多くのアパレルブランドが来季コレクションの仕込みに入る繁忙期だという。

可憐は少し寂しい気もしたが、その気持ちには蓋をした。

― 付き合ってるわけじゃないんだから。私は私で、楽しく過ごさないと…。

そう気持ちを律しつつも、涼からの「落ち着いたら連絡する」というメッセージを見返しては、ホッとする自分に気づく。

気晴らしに東京を離れようと、数年ぶりに広島へ帰省した可憐は、牡蠣に穴子にハマチと冬の広島グルメを姉夫婦と共に大いに楽しみ、晴れやかな心で年始を迎えたのだった。



涼とようやくゆっくり一緒に過ごすことができたのは、年が明け日常が戻ってきた頃。表参道のカフェで、可憐も涼もオーストリア流ホットコーヒーを注文した。

「涼くん、仕事は落ち着いた?」

「やっと一段落。また来週から、バレンタインデーに向けて忙しくなるよ」

「あっという間にそんな季節ね」

「僕、日本のバレンタインデーに縁がなくて。日本の事情を知ると、なんだかドキドキする季節だね。ニューヨークでは、親しい人に感謝を伝え合う日だったから」

「日本のバレンタインって、独自に発展したみたいね」

「男としては、女性に愛を伝えてもらえてチョコレートまでもらえるなんて憧れるけどね。可憐さんは、今年はどうするの?」

― どうするって…?

突然の質問にすぐに答えることができず、可憐は言葉を濁した。

「まだ…考えてない」

「そっか。じゃあ、日頃の美味しい料理のお礼として、食事でも行こうか。お店探してみるね」

「ありがとう。ニューヨーク式だね、嬉しいな。楽しみにしてる」

この記事へのコメント

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No Name
仕事熱心だとしても、気まぐれでなかなか連絡くれなかったり約束を簡単に忘れたりするような男に用はないね。ブロックしてから削除の方がよかったか?!
2024/02/13 05:1751返信1件
No Name
麻布台ヒルズ内のレストランが一軒でも紹介されてたらまだ良かったけれど。おうちごはんばっかりで残念。涼みたいにいい加減な奴を好きになって振り回される前に気が付いて良かったよ。
2024/02/13 05:2432返信5件
No Name
自分で自分の機嫌をとる事が出来る...

あなたより自分愛する事が出来るという歌詞の曲 “Flower” が浮かんだ。この前グラミー賞取ったばかりマイリー・サイラスの。参考したのかな😊
2024/02/13 05:2931
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