2024.02.13
今日、私たちはあの街で Vol.1― 涼くんが慣れない東京で、お店探しをしてくれるなんて。どんなお店を選んでくれるんだろう…。
これまでは家での食事か、カフェなどでの軽食ばかりだったので、久しぶりのレストランデートにどうしても期待が高まる。
― とはいえ、食事をご馳走になるだけってわけにはいかないよね。
ニューヨークでのバレンタインデーは「感謝を伝え合う日」だと涼は言っていた。
一方で、「日本のバレンタインデーの習慣を知ってドキドキする」とも。
その気持ちに応えるような行動をしたい。
― 少なくとも、チョコレートは贈ろう。
◆
2月の連休を前に、仕事帰りの可憐が向かったのは、またしても麻布台ヒルズだ。
パーティーの日以来、麻布台ヒルズへは度々足を運んでいる。
独特な高低差のある敷地内を散策していると、新しいお店や季節を感じさせる展示が次々と現れ、心が高揚するのだ。
― ここでならきっと、ドキドキワクワクする気持ちにピッタリな贈り物を見つけられる。
可憐は、事前に調べて目をつけていた洋菓子店に入り、バレンタイン向けの新作チョコレートを手に取る。
赤いカメリアをイメージしたチョコレートは、淡い5色の花びらが折り重なっており、まるで本物の花のように美しい。
― 麻布台ヒルズのレセプションの夜に見た、涼くんの写真みたい。
色彩や繊細さを大切にする仕事をしている涼なら、気に入ってくれるだろう。
可憐は、迷いなく購入したその花のようなチョコレートを手に、これを涼に差し出したら…と想像しながら、甘やかな幸福に浸った。
しかし連休が明け、バレンタイン前日になっても涼からの連絡はなかった。
『おつかれさま。仕事忙しい?』
涼へ1、2通のLINEを入れたが、反応はない。
ご馳走になる手前、催促するのも…などと考えているうちに、バレンタインデー当日を迎えてしまった。
夜になっても連絡はない。
もう今晩涼に会うことはないとわかっていながらも、可憐は落ち着かない夜を過ごした。
鬱々とした気持ちに囚われたこの時間が、とても無駄に感じる。
― 何も言われなければ、この時間を別のことに使えたのに…。
時計が0時を回るのを見届けて、可憐は眠りについた。
◆
翌日いつものように出社した可憐は、昼休みに涼からのLINEの通知を目にした。
『可憐さん、元気?今、撮影でニューヨークにいます。絶賛時差ボケ中』
― え…?
バレンタインデーの約束など、初めからなかったかのような言動。
可憐はメッセージを開く気を失くし、未読のまま仕事へと戻った。
残業を終えた、20時過ぎ。日比谷線に揺られていると、スマホに社内チャットが飛んでくる。
『可憐!仕事終わった?』
同僚の美香からのチャット。この時間に連絡が来る理由はひとつだ。
『終わった!ごはんまだ。どこか食べに行く?それとも、うちに来る?』
『可憐の家行く!飲み物買って行くね。30分後に』
仕事の話かもしれないし、プライベートの話かもしれない。
私たちが夜に連絡を取り合うときは、サッと集まって飲みたいとき。気が置けない友人としゃべって、一緒に夜を過ごしたいのだ。
今夜は可憐も、ひとりで居たくなかった。
― 仲がいい友人って、不思議とタイミングが合うのよね。
帰宅した可憐が前菜を用意していると、すぐに美香がやって来る。
「こんばんは!今日はロゼシャンパンにしたよ」
「わぁ、ロゼなんて久しぶり。あ、そうだ!いいものが…」
可憐が美香に差し出したのは、あのチョコレートだ。
本当は、涼のために──涼の喜ぶ顔が見たくて、準備した。
けれど、これはモヤモヤした気持ちで誰かにプレゼントするようなチョコレートではない。
― 私はこの美しいチョコレートを、心から喜んでくれる相手と、美味しく味わいたい。
そう感じた可憐は、自分を奮い立たせてチョコレートを差し出したのだ。
「これ、先週買ったの。ロゼなら合いそうだし、一緒に食べよ!開けてみて」
「いいの?開けちゃうよ。…わぁ、本物の花びらみたい!綺麗だね。食べちゃうの、もったいないな」
「ね!そうなの。でも美味しいうちに、一緒に食べよう」
美香のもってきたシャンパンと共に、可憐はひとつひとつの花びらに込められた果実の風味と味わいを楽しんだ。
親しい人と食事を共にし、美味しいお酒と前菜で話が弾む。
楽しい時間が、チョコレートでより鮮やかに彩られていく。
― 美味しいものって、幸せを運んでくれるなぁ。
こうやって自分で自分の機嫌をとることができるんだ。と、前向きな気持ちになる。
料理の仕上げをするためにキッチンに向かった可憐は、スマホを手に取った。
未読のままにしていた涼のLINE。あれから何の動きもない。
― 私は、私の時間を大切にしてくれる人と、彩ってくれるものを大事にしよう。
可憐はLINEを未読のまま削除し、美香と楽しむためのメイン料理の盛り付けに取り掛かった。
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