2023.03.20
SPECIAL TALK Vol.102
新技術への無関心さに帰国して驚かされる
金丸:西田さんがゲノム編集の研究を始められたのは、いつですか?
西田:ハーバード大学から帰国し、神戸大学に来てからなので、2013年ですね。もともとは生命の進化や起源といった、かなり基礎的な分野を研究していました。ハーバードでもその路線を続けるのか、新しい分野を研究するのかで悩んでいたんですが、そのとき「生き物を作る」というコンセプトの合成生物学と出合いました。
金丸:名前からして、最先端の感じがしますね。
西田:ただ、ビジョンは素晴らしいんですが、実際はテクノロジーがボトルネックになっていて。当時は思うように研究が進んでいませんでした。合成生物学において、ゲノム編集は大きな柱のひとつですが、狙ったとおりに編集する技術がまだ確立されていなかった。ゲノムの切り貼りに相当な労力が割かれ、しかも切り貼りできたとしても自由度が制限されている。ちょうどその頃に、「クリスパー・キャス9」が発表されたんです。
金丸:足りないピースを埋めるテクノロジーですね。
西田:「すごい技術が出てきた。これから一気に研究が進むはず」って思いましたね。そうして日本に戻ってきて、「さあ、何をやろうか」と考えていたとき、ありがたいことに神戸大学からお声がかかったんです。でも驚いたことに、「ゲノム編集がアツい!」と言っている研究者が周りにほとんどいなくて。
金丸:その感度の低さは心配になります。
西田:日本という国にとっては大ピンチの状況ですが、私にとってはチャンスだと思いました。
金丸:そんな状況に置かれたら、やるしかないですね。
西田:神戸大学に来て、近藤昭彦教授の研究チームに加わったのですが、近藤先生はゲノム編集の重要性を理解してくださったし、研究推進のため、あちこちに働きかけてくださって。
金丸:それは良かったですね。日本は新しいことをやろうとしても、たいていは「実績がない」「前例がない」と却下されてしまいます。実績がないからこそやりがいがあるし、自分が先頭になって切り開いていける環境だからこそ、他から足を引っ張られることも少ないんですけどね。
西田:本当にそう思います。ゲノム編集の分野は新しい領域なので、“偉い人”がいないのもいいんですよ(笑)。しがらみがありませんから。
金丸:日本は大御所がいつまでも君臨し続けますからね。若い人が早いうちから活躍できる社会に変えていかないと、どんどん世界に置いていかれます。
西田:アメリカでは実力のある若い人を引き立てることにすごく積極的です。これもカルチャーショックでした。
金丸:やっぱりアメリカは、研究を通じてイノベーションを起こし、社会に貢献することに貪欲ですよね。そして、イノベーションを起こせるかどうかは、年齢や経験に関係ないということを理解している。日本はいまだに年功序列というか、徒弟制度のようなものが存在していて、大学でも「自分を引き上げてくれた人にお仕えする」という風潮が残っています。自分がやりたい研究に思い切り取り組みたければ、その場を海外に求めるしかありません。
西田:ポジションが足りなくてイス取りゲームになっている現状だと、好きな研究を自分の仕事にするのはなかなか難しいですね。
大学教授のかたわら、ベンチャー企業にも参画
金丸:日本には国立大学が86校あり、ほとんどが総合大学です。さらには私立大学も多数あります。
西田:少子化によって定員割れを起こす大学もあって、今や「大学全入時代」といわれていますね。
金丸:これは日本全体にいえると思いますが、「デザインする」という考え方がないんですよね。文部科学省にも大学内にも「これくらいのリソースを、この分野に投下する」というポートフォリオがなくて、前例踏襲になっている。
西田:まだ実績がないけれど成長が予想される分野に集中的にお金をつぎ込むというのは、日本では簡単ではないですね。
金丸:それに、大学や学部という枠の外に出ていく研究者が少なくて、みんな目線が内に向いているんです。私は国立大学改革にも携わっていますが、「○○大学の××先生と一緒に研究されたほうがいいんじゃないですか?」と声をかけると、「えっ!?そうなんですか。紹介してください」と言われます。つまり、横のつながりがないんだなと。
西田:ポスドクの問題も、研究の分野だけが頑張ればどうにかなる、というものではありません。ポスドクは終身雇用とはそぐわない立場ですが、社会全体としては終身雇用体制が敷かれているから、その後のポストがないまま閉じ込められてしまう。
金丸:研究者の待遇って、決して良くないですよね。
西田:一様に高くなくてもいいと思いますが、成果なり、実力なりに応じて評価する仕組みには必ずしもなっていないですね。
金丸:地方に就職先がないということを考えると、多くの大学がもっと起業に力を入れるべきだと思います。その点、西田さんは大学教授でありながら、ベンチャー企業の一員でもいらっしゃいますよね。
西田:「バイオパレット」というバイオ系のベンチャー企業ですが、神戸大学に科学技術イノベーション研究科があったおかげで起業できました。技術研究だけでなく、ビジネス化までをミッションとしているので、通常の大学にはあまりいない、経営や金融業界出身の方々が教員として在籍していて、会社設立から資金調達まで支えてもらうことができました。
金丸:以前、MIT(マサチューセッツ工科大学)の教授に会ったとき、所属先がずらーっと書いてある名刺を渡されました。それぞれ所属先の説明をされたんですが、自分の教え子の中でも優秀な学生にベンチャー企業を任せていました。しかも、ちゃっかり自分も投資しているんです(笑)。たとえば国防予算を国からもらって研究し、その研究で生まれた成果を民に出すため、教え子がスタートアップを立ち上げる。こんなことを日本でやったら、「利益相反だ!」とめちゃくちゃたたかれますが。
西田:そうですね(笑)。私は、利益相反には相当気を使っていますから。
金丸:良かった。安心してお話を聞けます(笑)。
西田:やはり大学教員としての私と、民間企業であるバイオパレットの私が曖昧に混ざってしまうのは良くないので。といっても、研究者としては同じ西田敬二なので、難しい状況も出てきますよ。たとえば大学の研究で得た特許を会社にライセンスするようなときは、私はタッチせずに、大学と会社の担当者との間で詰めてもらいます。
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