2022.12.21
SPECIAL TALK Vol.99
「ドラえもん」のひみつ道具をSFで終わらせず現実に
金丸:公立小学校から私立の中高一貫校だと環境も変わると思いますが、どうでしたか?
稲見:小学校では興味がある話ができなくて、孤独感を味わっていたのが、進学してからは自分よりもすごい!と思える仲間たちと議論できるようになったので、やっぱり楽しかったですね。部活の友人たちとはいまだに連絡を取り合います。
金丸:部活は何をされたんですか?
稲見:化学クラブです。ロケット燃料を作りたかったんですよ。ちょうど私が中学に入ったのが1984年のロサンゼルスオリンピックの年で。
金丸:ひょっとして、開会式の?
稲見:そうです。ジェットパックを背負って空中を飛ぶ「ロケットマン」です。あれがあれば、「ドラえもん」のタケコプターが実現できるかもしれないと。
金丸:「ドラえもん」、大好きですね。私も「タイムマシン」か「透明マント」か、どっちかだけでも手に入ったら無敵なのにな、と思っていました。そういえば、稲見さんは透明マントを開発していませんでしたか?
稲見:入射した光を漏らさずに真っすぐに反射させる「再帰性反射材」に対象物の背後の景色を投影して、消えたように見せる「光学迷彩」を再現しました。これも有名なSF作品『攻殻機動隊』がもとになっています。
金丸:空想を描いたはずのSFが、実際に新たな技術を生み出すきっかけになっているのは面白いですね。
稲見:「これが実現できたらいいな」と思ったものは、研究の種になります。SFって、その技術が生まれたときに、人の心がどう動くか、世の中がどう変わるかは書いてあっても、「どう作るか」が書いてないんですよ。だったら、どう作るかを考えるのが私の役割だなと思っていますね。
金丸:化学クラブの人たちは今、何をしているんですか。
稲見:理系も文系もいて、官僚になった人もいれば、弁護士になった人もいます。なかには宇宙飛行士の最終候補まで残った人もいますね。
金丸:惜しいですね。自分が宇宙飛行士になれなくとも、友達に宇宙飛行士がいたら楽しいだろうに。
稲見:それが実は、昨年末に宇宙飛行士の野口聡一さんが“東大先端研”の特任教授に就任されたんです。
金丸:宇宙飛行士の同僚ですか。かっこいいですね。
稲見:実際に宇宙での体験を聞くと、すごく面白いんです。たとえば、「無重力空間だと、身分の上下を感じにくくなる」という話があって。写真を撮るにも、どっちが上でどっちが下かわからないし、物理的な上下だけではなく、精神的にも上下がなくなるそうです。
金丸:身体的な感覚と心理的な感覚って密接な関係があるんですね。
さまざまな領域に触れたことが今の道につながった
金丸:その後、東京工業大学に進学されますが、やはり化学系を選ばれたんですか。
稲見:それが、選んだのは生命理工学部でした。人間の能力を拡張したいという思いはずっとあったんですが、「ロケットマン」の夢を追うだけではなく、遺伝子について研究することによってもそれが可能なんじゃないかと考えました。
金丸:なるほど。目的は変わらず、アプローチを変えてみたわけですね。サークルにも入りましたか?
稲見:東工大はロボットサークルが非常に活発だったので、そこに入りました。私が大学に入学した1990年は第1次VRブームで、「自分たちでも作ってみよう」と仲間らとチャレンジしていました。
金丸:化学、生物、物理、情報と、興味の幅が広いですね!
稲見:VRブームを見ていて思ったのが、VRは「もしもボックス」なんじゃないか、ということです。
金丸:「もしも○○だったら」という仮定の世界を体験する「ドラえもん」のひみつ道具ですね。
稲見:そうです。VRの世界では現実世界の物理的制限を突破できる。「もしもボックス」みたいなものがあれば、いろいろなSFの技術が実現したかのような体験ができるはずだし、一つひとつのひみつ道具を作るより、効率的ですよね。
金丸:今は技術が追いついてきて、メタバース(コンピュータ内に構築された仮想空間)に注目が集まっていますが、それに近いことを当時からお考えだったんですね。
稲見:そこを深掘りしていくうちに、今の仕事につながってきた、という感じです。当時はいろいろなことに手を出して、「なんでこんなにバラバラなことをやってるんだろう」と思ってもいたんですが。
金丸:遠回りしたような感覚がありますか?
稲見:それが振り返ってみると、無駄になったことはないんです。今までのいろいろな経験が全部生きているのを感じます。何かに興味を持つって、自分で意識していなくても、きっと何か理由があるはずで、やっているときは説明できなくとも、あとから「ああ、そういうことだったんだ」とわかる瞬間があるんです。
金丸:目的地がわかっていれば、そこまでのルートもわかりますし、いくつかの候補から最短ルートを見つけ出すこともできる。だけど、新しい技術を生み出すとか、誰も成し遂げられていないことを達成するためには、目的地も正しいルートもわからないまま踏み出すことだって必要です。
稲見:そうですね。ゲームにしたって、クリアするための最短ルートを通るだけじゃ、一瞬で終わってしまって、つまらない。散歩やハイキングだって、ゴールまでの道中含めて楽しむものじゃないですか。私の研究室にはいろいろな分野の学生が来ます。「入るまでにどういうことを勉強すればいいですか」と、よく聞かれますが、「まず、あなたが今やっている分野のことをちゃんと勉強してきて」と伝えます。全然違う分野での経験が、かえって新しいアイデアのもとにもなるからです。
金丸:インターネットが普及して、検索するだけでいろいろなことがわかるようになりました。そのせいもあってか、「近道があるんじゃないか」「正解の道があるんじゃないか」と考える人が増えているように感じます。でも、世の中で評価されている人って、多くの場合、「日々、一生懸命やっていたら、ここに来ちゃったんだよね」という感覚なのではないでしょうか。だったら近道を探すより、自分の関心のままにいろいろ反応したほうがいい。
稲見:それはそうですね。関心を持てるかどうかは重要です。私自身、学部の勉強、特に基礎については、何の役に立つのかわからないと心が動きませんでしたから。
金丸:そこで学生の関心を引けるかは、教員や研究者にも責任がかかってきますね。
稲見:実は、「どうして研究者が学部生に講義をしなくちゃいけないんだ」と悩んでいた時期があったんです。学部で教えることって、最先端でもなんでもなくて、内容だけ見れば10年以上変わらない。
金丸:でも、最先端にいる人だからこそ、説得力を持たせることができるんじゃないですか。
稲見:そうなんです。学部で学ぶ基礎が、社会や最先端の研究とどう繋がっているのかという話をしなきゃいけないんだなって。「だから、こういう研究をするためには、これを勉強しましょうね」という物語を伝えるためなのかな、と思うようになりました。
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