それからというもの、涼真はお金に関わる話をよくするようになった。
お出かけすれば、何を買ったのか、何を食べたのか…。最後は決まって「結構、お金使ったんじゃない?」で締めくくられる。
しばらくは、彼の質問の真意がわからなかった私だけれど、ふと1つの考えが頭に浮かんだ。
― もしかして涼真くん、私のこと…浪費するタイプだと思ってない?だけど、自分で稼いだお金だし、彼に迷惑はかけてないんだけどな。あ、でも、ご飯はいつもご馳走してもらってるから、今度は私が!
私は独立する前に1,000万円も貯金した。そして、買い物もきちんと予算を決めてしている。
何とかして、浪費家のイメージを払拭しようとした交際3ヶ月目のある土曜日。
大きな仕事が決まり、景気づけに新しいモデルの液晶ペンタブレットを購入した足で、彼とのデートに向かうと「その買い物の領収書を見せて」と言われてしまったのだ。
お金のことに細かい彼を前に、これはまずかった。
さらに、その直後。
「あのさ、蘭ちゃんって、今どのくらい貯金してるの?」
真剣な顔でこう聞いてくる彼に、私は少し嫌な気持ちになった。新しい仕事と新しい道具、せっかくのいい気分に水を差されたような気がしたのだ。
「涼真くん、それを聞いてどうするの?」
「いや、だって結婚したら、これまでの貯金も2人のものでしょ?」
「え…?待って、それってどういう…?」
「僕はそういうつもりだったけど、違うの?」
結婚後のお財布について考えることはわかるが、結婚前はそれぞれの問題なのではないか。
そう思っていた私は面食らってしまい、その日のうちに優子に電話をして泣きついてしまった。
「優子ー、結婚前のお金のことってどうするものなの?正直、まだ付き合って2ヶ月だし、今からいろいろ言われても…私が考えなしなのかな」
「お金ね…これは本当に人それぞれだから。『結婚を前提に』ってなると、ただ付き合うのとは話が別!自分の考えをしっかり伝えて、話し合うしかないよね。そうしておかないと、後々絶対にトラブルになるから!」
婚活アドバイザーの優子の言葉には、重みがある。きっと、いろいろな修羅場を見てきたのだろう。
私は軽く身震いして、次の週末を迎えた。
バッグの中には、いざという時のために“ある雑誌”を忍ばせている。
「涼真くん、あれからお金のことを考えてみたんだけど。私の話、聞いてくれる?」
「もちろん!僕もこういうことは、ちゃんと話さなくちゃと思ってたんだ」
「私は、結婚前の貯金はそれぞれの財産だと思ってるの。もちろん、そこから結婚の準備にかかるお金を捻出するっていうのはわかってるんだけど、本格的にお財布を一緒にするのは結婚後かなって」
「…そっか。でも、蘭ちゃんって、いつパタッと仕事がなくなるかわからないでしょ。何かあったときの保証も、受けられないことが多いわけだし。
フリーランスは不安定なんだから、今みたいに好きなようにお金を使い続ける生活って…僕は心配だな。会社員に戻ったほうが、蘭ちゃんも安心なんじゃない?」
― あー私、お金の使い方のこともそうだけど、彼が仕事のことを認めてくれてないことが嫌なんだ。それに、何なの…その言い方!腹が立ってきた!
「ねえ、私、自分の仕事に誇りを持ってるんだけど!あと、もしこの仕事がなくなったとしてもまたやりたいことを見つけるし、涼真くんに頼りきった生活をするつもりはないよ!」
「え、あ、そんな意味じゃ…」
決まり悪そうだが核心を突かれて焦った様子の彼に、私はバッグから取り出した1冊の雑誌を突きつけた。
「はい、これ!よかったら読んでみて。前に私が挿し絵を担当した記事なんだけど、ちょうど『お金のこと…結婚の前と後』って内容なの。私の考えと同じことが書いてあるから」
突然、テーブルの上に置かれた雑誌に驚く涼真。私はそのままお茶代を置いて、店をあとにした。
その雑誌に書かれていたのは『夫婦ともに稼ぎがあれば、結婚しても使途について細かく追求しない。生活資金は、それぞれの口座とは別に互いが同じ金額を入れる共有の口座で管理するべし』というものだった。
その日の夜。彼からLINEが送られてきた。
『本、見たよ。僕の考えとは正反対だった。早いうちに価値観の違いがわかってよかったよ。ごめん、お互いに婚活頑張ろう』
涼真との出会いで、自分がどれだけ仕事を大切にしてきたか再確認することができた。
こうして、仕事にも婚活にもさらなる闘志を燃やそうと、涼真とは交際3ヶ月で別れたのだった。
次は、仕事に敬意を払ってくれる相手と出会ってみせる。そのためにも、もっとスキルアップをしようと心に誓った。
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この記事へのコメント
独身時代の貯金は、結婚しても夫婦の共有財産にはならないですよね。
よって、万が一離婚となり財産分与することになっても、独身時代の貯金は含めなくて良いかと思います。