2021.11.04
私の年下くん Vol.1「痛いっ…!」
日焼けで痛む肩をつかまれ、反射的に眉間にシワを寄せてしまった。
― まずい、嫌な顔をしちゃった!
やって来たのは尊だった。私のしかめっ面に驚いたのか、パッと手を離す。
「ご、ごめん。あのさ、もう少しみんなに気を使うことってできない?じゃないと、多佳子を連れてきた意味がないんだよなあ…」
こめかみの辺りを指でかきながら、ため息まじりに吐き捨てた。
尊からの思いもよらない言葉。それと怪訝そうな態度に、我慢を忘れて強気な性格が出てしまう。
「尊。それってどういう意味?私、ちゃんとしてるよね?」
「あーもう、揚げ足を取らないでよ。とりあえず、デッキに戻ってきて」
― えっ、揚げ足って?あと「私を連れてきた意味がない」ってどういうこと…。
私は、黙っていると話しかけにくいとよく言われるので、いつもの何倍も愛想よく接し、場の空気も和んだと思う。
それに普段は、テレビ局の報道部で取材記者として働いているので、時事ネタには詳しい自信がある。
今日は経営者の集まりで尊に恥をかかせないために、経済新聞を読んだり、海外のニュースを見たり、いろいろ勉強してきた。
職業柄、話題に事欠くことはないけれど、万全を期してきたのだ。
品よく見えるように新調したワンピースは7万円。前日には美容室で念入りなトリートメントをしてもらっている。見た目にも、もちろん気を使ってきたつもりだ。
それなのに「もっと気を使え」という尊の言葉に、いら立ちが静まらない。そんな気持ちのまま、渋々炎天下のデッキに戻ったのだった。
すると、あろうことか尊は私に軽食の準備や、飲み物のお代わりなど“接客”のすべてを任せてくるではないか。これでは、彼女じゃなくてまるでウェイトレスだ。
「多佳子さんも少しは休んで!倒れちゃうよ」
「あ、ありがとうございます…」
参加者の1人が気を使ってそう言ってくれたのは、クルーズが終わる30分前。おかげで、フラフラする体を休めることができたけれど、気分は最悪だった。
汗と海水のしぶきで体中がベトベト。日焼け止めがすっかり落ちた肌は、赤くみみず腫れになっているところもあってかなり痛む。
だけど、それ以上に不快だったのは、みんなが帰ったあとの尊の言葉だった。
「多佳子はもっと柔軟な人だと思ってたよ。途中からブスッとしてたでしょう?あの態度はないと思う」
疲れのあまり、何も言い返すことができない私は、ボロボロの姿でただ呆然と立ち尽くしていた。
― 何か、涙が出そう。
目元にそっと手を添える。すると、黒いマスカラがベタッとついて、泣く前からメイクが崩れていたのだとわかった。
◆
彼から別れを告げられたのは、それから数日後のこと。
1通のLINEで2人の関係はあっけなく幕を閉じた。
『ごめん、別れよう。先日のクルージングで、僕たちの合わないところがいろいろと見えてしまって』
この一件で、尊はホスピタリティあふれる、気の利く女性を求めていることがよくわかった。そう、嫌な顔ひとつせず口ごたえもしないような、私とは正反対の女性のことだ。
― 付き合った最初のころは、頑張ったんだけどなあ。
やっぱり、気を使いすぎる相手と付き合うのはしんどい。
今思えば、人生経験豊富な頼れる年上の男性ばかりを恋愛対象にしてきた。元カレは、弁護士や商社勤務、尊のように起業して、社会的地位が高くバリバリ働く人が多かった。
私が年上の男性を選ぶ理由は、経験豊富な彼と一緒にいることで、自分もちょっと素敵な女性になれたような気がするから。
実際に、私が知らない世界を覗かせてもらうことで、成長できた部分もあると思う。彼氏のクルーザーで東京湾を一周だなんていうのも、まさにそうだ。
けれど、そのような男性はこだわりも強い。女性に対する理想や、求めるものもハッキリとしていることが多いのだ。
そこに当てはまらないとわかると、彼らはバッサリと容赦なく切り捨てる。相手のステイタスに惹かれて無理をしてきた私は、これまで散々の失敗をしてきた。
気がつけば、今年で33歳。完全に恋愛迷子だ。できれば、一生を捧げられる相手と“本当の恋”をしてみたい。
もう私には仕事しかないのかもしれない。そう意気込んだ矢先、思いもよらぬ辞令が下りたのだった。
人が集まった時に、雑用とか全て女がやれ!みたいな考えの男子は残念ながらいまだにいるね。これは年上とか関係ないと思う。逆に、飲み物のおかわりとかお取り分けを必死にやってモテようとする女子も一定数いる。
年齢にとらわれず、自分に合う方を選んだほうがいいと思いますね。
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