黒塗りの扉 Vol.5

時代の寵児と呼ばれた男の、知られざる過去。子持ちバツ1女性を妻にするに至った、強烈なる欲望

東京のアッパー層を知り尽くし、その秘密を握る男がいる。

その男とは…大企業の重役でも、財界の重鎮でもなく、彼らの一番近くにいる『お抱え運転手』である。

もしもその運転手が…雇い主とその家族の運命を動かし、人生を狂わせるために近づいているのだとしたら?

これは、上流階級の光と闇を知り尽くし支配する、得体の知れない運転手の物語。

ようこそ…黒塗りの扉の、その奥の…闇の世界へ。

これまでのあらすじ


自らの手腕で成り上がった男・環利一(たまき・としかず)。環はちょっとしたきっかけから、新たに運転手の鈴木明(すずき・あきら)を雇うことに。

利一は、鈴木と妻・聡美の関係を疑い、聡美の車にカメラをしかけるが、それを鈴木に暴かれ悔しい思いをする。

鈴木の弱みを握るべく、彼の身辺調査を始めた利一のもとに、意外な調査結果が届く…?


17時30分。葉山の海に日が沈んでいく。

環利一は、都内で早い夕食を済ませ、鈴木が運転するベントレーで別荘に到着した。到着するなりリビングのソファーに座ると電気もつけぬまま、もう30分以上ただその景色を見つめていた。

雲ひとつない晴天だったこの日の夕焼けは、不吉なほどに美しかった。

それは、ほんの先程まで空と海を燃えるような赤に染めていたが、その赤味は徐々に失われ、刻一刻と藍色に侵食されていく。

地平線に沈む夕日を、大きく、大きく、パノラマで眺めるために、あえて西向きで設計された、一面ガラス張りのリビング。この別荘を建てる時に、利一が1番こだわった部分だった。

昼が夜に飲み込まれていくこの光景を、薄暗いこの場所から眺めていると、自分の体がじわじわと闇に包まれる感覚になる。利一はその闇に見入られたように、しばし放心していた。

「逢魔が時、というやつですね」

背後から静かに声をかけられ、ゆっくり振り向くと、いつのまにかそこに運転手の鈴木明が立っていた。

手には駅前にある高級スーパーの紙袋。先程利一が、ワインを飲むためのチーズを数種類買ってきて欲しいと頼んだ。その買物が終わって帰宅したのだろう。

逢魔が時。この世のものではない恐ろしい何かが出没し始める頃として、古来の人々が恐れてきた時間。

その言葉を、この得体の知れぬ鈴木明という男が発したことが可笑しくて、利一は小さく声を上げて笑ったが、鈴木は全く意に介さぬ様子で、買ってきたものを紙袋から取り出し始めた。

ー鈴木明を雇って、手放した人間にはある法則があるようで。それが環さんにも当てはまるかどうか…。キーワードは『悪魔』ー

そう言った調査員の言葉を思い出しながら、利一は、ソファーテーブルの上に無造作に置いたA4の封筒に視線を送る。

中に入っているのは、鈴木についての調査報告書。今日はその中身について、鈴木明を問い詰めるつもりでここに連れて来た。

この別荘には、シェフやメイドなどが寝泊まりする従業員用の離れもある。ここなら普段アルコールの飲めない運転手の鈴木とも酒を酌み交わしながら、ゆっくりと『語り合う』ことができる。

「明ちゃんと美味しい酒を飲みながら、サシで話してみたいんだけど」

数日前、利一がそう言って鈴木を誘うと、いつもの通り従順に、承知しました、と言っただけだった。

ー鈴木明は、自分と聡美を別れさせるためにきた。

調査資料を読んだ利一は、そう確信した。だから今夜…誰の邪魔も入らぬ別荘を選び、鈴木と2人きりになったのだ。.....

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