―3年前―
「予算はいくらにするの?」
新築マンションのギャラリーへ向かいながら、ケンタに尋ねた。
「俺たちも結構稼げるようになってきたし、1億円はいけるでしょ!?」
息子・翔平の誕生を機に、3LDKに住み替えると張り切っているケンタは明るく答えた。
ケンタとは、遡ること10年前、恵比寿の『TOOTH TOOTH TOKYO』で開催された食事会で出会った。
奈美は金融という業種柄、日頃からパリっとしたスーツ姿の男性に囲まれている。だからパーカーにデニム、スニーカーという出で立ちで現れたケンタの姿がかなり奇異に映り、絶対に恋愛対象にはならない、というのが第一印象だった。
しかしお互いホラー映画とゴルフが好きですぐに意気投合し、気がつけば交際半年余りで結婚。
婚約指輪にヴァン クリーフ&アーペルをリクエストしたところ、「同じ予算でもっと大きい石が買えるから」と、日帰りで香港まで買いに行ってくれた。
奈美には考えもつかない行動力があるケンタのおかげで、結婚生活は楽しく過ごせている。
― 出会った頃は億ションを購入できるような年収ではなかったけど、お互い頑張ったんだな…。
結婚当初は、家賃20万円の1LDKの賃貸からスタートして、今は7,000万円台の2LDKの分譲、そしてついに億ション購入。
ケンタは激務に耐えて昇進し、奈美も転職して役職付に。出会った当初から世帯年収は倍近くになったのだ。
奈美が感慨に浸っていると、目的地に着いた。
「原田様、お待ちしておりました」
ギャラリーでは、若手営業マンが仰々しく出迎える。
「渋谷区の中でも松濤・南平台・大山町は別格ですよ!ただ、原田様がご所望されている3LDKですと、ご予算の1億円を大幅に上回ることになりますが…」
― この子きっと「時間の無駄だからさっさと帰れ」って思ってる。
ケンタの顔色を窺う若手営業マンの様子を見て、そう感じた。
「大丈夫です、買います。今ここから歩いて5分の2LDKに住んでるんですが、売却して住み替えます」
いとも簡単にケンタは購入を決め、戸惑い気味の営業マンに見送られながら、早々にギャラリーを後にした。
「あっさり予算オーバーの億ション買っちゃったけど、大丈夫なの?」
帰り道、ケンタに問いかけた。
「1億でも買えないなんて、正直落ち込んだわ。でも、住宅ローン減税を考慮すれば、あの値段でも賃貸より購入する方が得策かなって。今の家を売れば、それなりに頭金も用意できるし。
それに、家族みんなが幸せに暮らせるなら、十分払う価値があるでしょ?1年後の完成が楽しみだな!」
― 家族の幸せのための対価か、早く復職して頑張らないと。
抱っこ紐の中で眠る息子・翔平の寝顔を見つめながら、奈美は明るい未来への期待に胸を膨らませていた。
この記事へのコメント
今日始まった連載二つとも、勝ち組というワードが出てくるけど、人生を勝ち負けで表現するのは、個人的にあまり好きじゃないなぁ…。
今日の内容は…もうちょっと深掘りして書いてくれたらより面白かったのかもしれないなぁ。完全リモートなら、鎌倉の広い古民家を買うのも有りだと思う!