2021.10.08
高偏差値なオンナたち Vol.1「どうしたの?急に…」
恐る恐る聞く亜由美に、直樹は言いよどむ。
「今日、駐在の内示が出た。デトロイトにある工場の研究所に2年間出向してほしいと言われたんだ」
あまりに突然のことで、亜由美は状況を飲み込めない。
「駐在って…それってつまり…」
「うん。本当に申し訳ないけど…。亜由美には退職してもらって、一緒にデトロイトに来てほしい」
深い穴に落ちていくような絶望が、亜由美を襲う。
直樹はずっと技術開発職として働いてきた。技術畑の彼にとって、海外の研究所への出向はキャリアの飛躍だ。そのことは亜由美も理解している。
「でも…」
言いかけた言葉を亜由美はぐっと飲み込む。
言葉の続きはこう続くはずだった。
― でも…なぜいつも私が我慢しなきゃいけないの?私のほうが、優秀なのに。
亜由美と直樹は、大手化学品メーカーの同期だ。
小さい頃から成績優秀だった亜由美は、現役で東大に進学し、営業職を経て経営戦略室に異動した。
経営戦略室といえば、社の中ではエースが集まる花形部署。
「亜由美さんの席は空けたままにしているからね!戻ってくるのを心待ちにしているから」
会社の上層部にも目を掛けられていた亜由美は、産休に入る時に色々な人がそう声を掛けてくれた。
同期の中では出世も早く、何よりも、仕事を心から楽しめていた。そんな自分はずっとこの会社でキャリアを築いていくのだと、亜由美はたった今まで信じて疑うことすらなかったのだ。
一方の直樹は、一浪の末に早稲田。理工学部の修士課程を修了し、技術開発職として入社した。研究職としては優秀だと聞くが、出世欲もそこまでない直樹は、社内でも目立たない存在である。
― 直樹が赴任になったら、私はあっさりと自分のキャリアを諦めるってことなの?なぜ私が、直樹のために自分のキャリアを捨てなくてはならないの?…東大卒のこの私が…!
でも、もしこの言葉を言ってしまったら。
きっと、直樹を傷つける。絶対に、家庭に決定的な亀裂が入る。
そう思った亜由美は、心の中で泣きながら、どうにか声を絞り出して答えるのだった。
「うん、分かったよ…。考えてみる…」
◆
身を引き裂かれるような決断から、半年後。
会社を退職した亜由美は、直樹の駐在に帯同してデトロイトでの毎日を送っていた。
職場も住まいも、デトロイト市内から少し離れた工場地域。中心部に比べれば治安は悪くないものの、それでも、夜の出歩きは控えるように言われている。
日本よりも車社会のアメリカでは、苦手な運転も避けては通れない。スーパーの食材ひとつとっても、味も量も違う。何もかもが日本とは違ったデトロイトでの生活は、駐在生活2ヶ月という月日が経った今でも、亜由美を日々混乱させるのだった。
いつまでも進まないと感じてしまうカレンダーを睨みつけながら、思わずため息をつく。
「本当なら今ごろ、結衣を保育園に預けて復職してるはずだったのに…」
みるみると消耗していく亜由美とは対照的に、直樹は絶好調のようだった。未経験の技術にも携わることができ、アメリカでの生活を謳歌している。
でも今の亜由美にとっては、そんな直樹を見ることすらストレスになってしまっていた。
― 私は一体なんのために東大に行ったの?どうして直樹を優先しなきゃいけないの…?
慣れない海外生活と、仕事に戻りたい気持ちがピークに達して、心の中でついそんなふうに毒づいてしまうのだ。
鬱屈とする亜由美の様子に、直樹も薄々気が付いているのだろう。家事を積極的に手伝うなど、妙に気を遣ってくれることも多い。
そんな気遣いがより一層イラつきを増幅させていた、ある晩のこと。
ほんの些細な夫婦の会話が、ついに亜由美の気持ちを限界に到達させた。
「ねぇ、結衣のプリスクールの見学だけど…」
そろそろ結衣の教育についても、きちんと取り組まなければいけない。憂鬱な日々の中でもずっとそう考えていた亜由美が切り出すと、こともあろうに直樹は、気怠げな顏で答えたのだ。
「悪いけど見ておいてくれないかな?俺、平日は忙しいから」
その瞬間、心の中で張りつめていたものがプツリと切れたのを感じた。
― なにそれ?結衣のことだっていうのに、自分には関係ないとでも?仕事が忙しいのは、あなたが望んだことでしょう?私だって、私だって…!
気がつけば亜由美は、全く感情の浮かばない顔で虚空を見つめていた。
そしてついに…。
秘め続けていたある言葉を口に出してしまったのだ。
直樹が駐在がある部署なのはわかってたはずだし、最終学歴はどうしたって変わらない。
早稲田の理工だってとても素晴らしいと思うけど、自分と同等レベルの学歴以上じゃないと人として尊敬できないなら最初から東大の人探せばよかったのに。
夫婦で同じ会社で、どちらも優秀な人材ならなおさら。
育児もデトロイト生活も、楽しんで自分の引き出し増やすことに使えばいいのに。そもそも駐在だって研究職なら単身赴任でよかったのに。
受験勉強しかしてこなかったのかな。こんなガチガチな性格じゃ仕事もあっという間に行き詰まるだろうなぁ。
今日みたいなストーリーは、3話完結などで、もう少し詳しく読みたい気もしました。
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