2021.10.08
高偏差値なオンナたち Vol.1「ねぇ、なんで…?なぜあなたのために、私が犠牲にならないといけないの?」
直樹と目を合わせずに、遠くを見つめる。視界は定まらないというのに、口は止まらなかった。
「ずっと優秀だと言われ続けて、現役で東大にも受かった。会社でも、周りの誰もが認めるほどに出世していたし、将来有望だって言われていたのよ。
ねぇ、一体何のために、私は東大出たのよ。こんな毎日を過ごすためなの?おかしいでしょう?私の人生どうしてくれるのよ!」
全てを吐露してしまってから、亜由美はようやく我に返る。
― しまった…何てことを言ってしまったのだろう…
そう思った時には、すでに遅かった。視界は涙でにじんでいる。とんでもないことを言ってしまった後悔が押し寄せる。
それでいて、解放感にも似た気持ちも確かにあった。ずっと抱き続けていた、ドロドロとした感情の解放。
あらゆる気持ちがない交ぜになったグチャグチャな状態で、亜由美はようやく、恐る恐る直樹を見る。
しかし、亜由美の気持ちをぶつけられた直樹は、一言の反論すらしなかった。
「……」
ひたすらに黙り込む直樹の瞳は、深い沼のように暗い。
― 直樹を傷つけた…?ううん、この表情は…!
静まり返るリビングで、直樹の本当の気持ちに気付いてしまった亜由美は、ただ言葉を失い立ち尽くすのだった。
全ての思いを直樹にぶつけてしまってから、1ヶ月。
ー あんなふうに当たり散らしたんだもの。もう私たち、終わりかもしれない。
そんな覚悟すらした亜由美だったが、直樹の態度は拍子抜けするくらいに”普通”だった。
お互い何事もなかったかのようにふるまい、“あのこと”には触れない。それはまるで、絶対に踏み入ってはならない、夫婦のタブーのようだった。
そんな暗黙の了解の中で過ぎていく、いつもと変わらない単調な日々。
ただ、全てが元通りになったようでいて、変わったことが2つだけあった。
1つは、直樹が仕事の話を全くしなくなったこと。
そしてもう1つは、もう、貞淑な妻になる努力を放棄したことだ。
― 私のほうが優秀なのに、これ以上我慢するのはもう無理だわ!
薄々と分かっていたことだったが、あの日、口に出してしまったことで、亜由美は確信していた。
幼いときから高い偏差値を誇り、高学歴を手に入れた。でも…その肩書は女にとって、"呪縛"でもあるということに。
そして、高偏差値な女。その呪縛に囚われているのは、自分だけではなく、直樹もだということに…。
自分より優秀な女を閉じ込めておきたい。外の世界なんて見せたくない。
あの日、直樹の瞳の奥にあったのは、そんな薄暗い男のプライドだった。
― ねえ、私…。何も分からず、夫と家族のためだけに生きられる女だったら…もっと幸せになれたの?常に高みを目指した私は、人生を間違えたの…?
それぞれの呪いにかけられ、がんじがらめになった夫婦は、これ以上一緒にいることはできない。
そう思ってしまった亜由美は、この1ヶ月、直樹に隠れてあるメールのやりとりをしていた。
その相手は…会社の人事部。
「自分は誰よりも優秀」
「たとえ愛を捨てることになっても、自分の能力を活かしたい」
そんな想いにとらわれた亜由美は、自ら、退職した会社にジョブリターン制度の制定を要求していたのだった。
亜由美は夕食作りのかたわら、先ほど届いたばかりのメールを何度も読み返す。自然と頬が緩み、笑顔が溢れる。
こんなふうに心が沸き立つような喜びを感じるのは、いつぶりだろう。
人事部から届いたメールは、こんなふうに始まっていた。
「弊社では、次年度より正式に『ジョブリターン制度』を導入します。
ジョブリターン制度は、結婚や出産、配偶者の転勤、介護などで退職した元社員を対象にした制度です。
新卒採用にも力を入れる一方で、やむを得ない理由で退職された元社員の方に再度ご活躍いただける場を…」
メールの文末に、所属していた経営戦略室のトップが亜由美の復帰を心待ちにしていることが記してあった。
その時。
玄関の鍵がガチャっと開く音がした。
「直樹、おかえり!ほら、結衣ちゃん。パパ帰ってきたよー」
いつも通りに直樹を出迎える。
できたばかりの夕食をダイニングテーブルに並べる。
離乳食もトレイに並べ、まず先に結衣の食事を終わらせる…。
そして、すべてのルーティンを終えた亜由美は、満面の笑みを浮かべながら直樹の前へと座り直した。
― 今夜こそ、直樹と仕事の話をしよう。もちろん、直樹のではなく…私の仕事の話を。
自分が職場に復帰するということは、直樹は単身赴任になるということだ。
しかし、誰よりも優秀な自分には、夫の愛よりも相応しいものがある。穏やかな生活を捨ててでも、キャリア復帰にチャレンジしたい。
たとえ直樹から別れを告げられたとしても…。
もう一度キャリアを目の前にした亜由美にとって、もはやそんなことはどうでもいい。
呪いが解けないままに、外の世界へと羽ばたく未来。
それに比べれば夫の愛など、些細なことに感じられるのだった。
▶他にも:「さっさとやれよ!!」5年で会社を急成長させた若手社長の、妻に対するあまりに横暴な要求
▶Next:10月15日 金曜更新予定
答えがないと生きていけない。エリート女性医師が見つけられない人生の指針
直樹が駐在がある部署なのはわかってたはずだし、最終学歴はどうしたって変わらない。
早稲田の理工だってとても素晴らしいと思うけど、自分と同等レベルの学歴以上じゃないと人として尊敬できないなら最初から東大の人探せばよかったのに。
夫婦で同じ会社で、どちらも優秀な人材ならなおさら。
育児もデトロイト生活も、楽しんで自分の引き出し増やすことに使えばいいのに。そもそも駐在だって研究職なら単身赴任でよかったのに。
受験勉強しかしてこなかったのかな。こんなガチガチな性格じゃ仕事もあっという間に行き詰まるだろうなぁ。
【高偏差値なオンナたち】の記事一覧
2021.12.10
Vol.11
京大出ても、夫の裏方…。現状に不満な高学歴妻が、それでも再就職を断念した理由
2021.12.09
Vol.10
アタマのいいオンナの人生は、本当に幸せなのか…「高偏差値なオンナたち」全話総集編
2021.12.03
Vol.9
頭の良さより、育ちの良さ。慶應大学に進学した才女が抱える、”お嬢様”へのコンプレックス
2021.11.26
Vol.8
「娘には、東大に入ってほしくない…!」東大卒のワーママが身を持って痛感する、高学歴ならではの辛さ
2021.11.19
Vol.7
年収3,000万の彼からのプロポーズの言葉は「専業主婦になってくれ」仕事をやめたくない女は、結局…
2021.11.12
Vol.6
進学校から二流大学に進んだ女。コンプレックスをかき立てる、自分より「上」の女友達からのメールとは
2021.11.05
Vol.5
人の結婚を素直に喜べない…。仕事に全てを捧げるキャリア女子が、毎夜巡回する怪しげなサイト
2021.10.29
Vol.4
「私、なんでバイトしてるんだろう…」エリート街道から外れた女に、莫大な教育費を注いだ母が言った一言
2021.10.22
Vol.3
偏差値70の進学校で“底辺”だった女。一流大卒の同級生に「なんで来たの?」と同窓会でマウントされ…
2021.10.15
Vol.2
子どもについて、夫婦の話し合いを避け続けたら…。産婦人科のアラサー女医が妊活に積極的になれない理由
おすすめ記事
2015.12.31
やまとなでしこ 2015 〜極上の結婚〜
2015年ヒット小説総集編:やまとなでしこ 2015 〜極上の結婚〜(全話)
- PR
2024.11.28
仕事に追われる30代男が先輩に教わった、日常を楽しむ贅沢。プレミアムハイボールが楽しめる人気店6選
2023.07.06
東京レストラン・ストーリー
夫が淡白で、味気ない毎日…。夫婦生活に危機感を抱く28歳女が用いた「起爆剤」の正体
2019.10.21
NEO渋谷区男子
“代官山から10分圏内”で全て賄う男が、港区男子から浴びせられた痛烈な一言とは
2019.02.11
最後の恋
「彼との子供が欲しい...」1年だけと期限を決めた恋。全てを失っても欲しかった、愛した男の遺伝子
- PR
2024.11.27
煌びやかなムードがマストな大人女子会は、青山の絶景を望むダイニングバーで決まり
- PR
2024.11.26
【参加者募集】ビールを愉しもう!東カレ初の「クラフトビール」イベントin代官山を開催
2019.12.17
わたし、9時に出社します。
「女性にも安心」は誰の意見?25歳女が感じる、“無意識”に発する言葉の罠
- PR
2024.11.29
2024年の年末休暇は、箱根の温泉×ふぐ懐石で贅沢したい!ご褒美デートにぴったりなホテルとは
- PR
2024.11.29
東京タワーの麓で体験した、ワインと豆腐を合わせたペアリングが斬新過ぎた!
東京カレンダーショッピング
『かに物語』:〆まで楽しめる雑炊の素付き!蟹の旨みがたっぷりと溶け出すかに鍋セットミニ
『肉のABCフーズ』:黒トリュフ塩付!牛タン&A5ランク黒毛和牛を使った極上ハンバーグ
『東京京橋おばんざい醸』:肉を引き立てる3種の塩!A5黒毛和牛を使ったローストビーフ
『かに物語』:海老・帆立・蟹!ベシャメルソースに、各種海の幸をトッピングした贅沢グラタン
『UMIKARA』:薄切り・厚切り食べ比べ!特製出し汁で味わう若狭湾真鯛の鯛しゃぶセット
『パンツェロッテリア』:具材ごろごろボリューミー!フレッシュな野菜と肉感満載のフライドピッツァ
『オリベート』:黒トリュフ香る、口当たりクリーミーな究極のティラミス
『ミホ・シェフ・ショコラティエ』:日本を代表するショコラティエ―ルが作る、 ショコラ好きのための濃厚ガトーショコラ
『LOUANGE TOKYO』:アート感溢れるビジュアル!口溶けなめらかな大人の生チョコレートエクレア(6種)
『レザンファンギャテ』:濃厚でコクのあるニューヨークスタイルのチーズケーキ
ロングヒット記事
2024.11.25
東京レストラン・ストーリー
友人の結婚式で同級生に再会。2次会で盛り上がり、そのままふたりで抜け出し六本木で…
2024.12.01
男と女の答えあわせ【A】
「結婚したい」と強く願っていた32歳女。しかし彼氏にプロポーズされた瞬間に、冷めたワケ
2024.11.29
年収4,000万男子の恋愛事情
「しんどい…」32歳男が幻滅した、付き合いたての彼女からのLINEとは
2024.11.30
男と女の答えあわせ【Q】
交際3年。32歳の結婚願望強めの彼女にプロポーズをしたのに、男が振られたワケとは
2024.11.28
かわいく生きられない女たち
「あの人だって結婚してるのに、私は…」他人の薬指の指輪を見て落ち込む、28歳ワセジョの憂鬱
この記事へのコメント