今はもう、なんでもないから Vol.2

職場の後輩女子が、なぜか彼氏と知り合いだった。疑心暗鬼になった女は2人を会議室に集め…

これ見よがしに大きなため息をつくと、少しでも雰囲気を良くするために、私はおどけながら言う。

「ほんと、健作ってば考えが浅いんだから…。私、そんなに心狭くないよ。

健作にどれだけ仲のいい女友達がいようが、付き合ってるのは私だし、結婚するのも私でしょ。2人は気にせず、これまで通り接すればいいじゃない」

そう告げるや否や、すっかり沈み込んでいた彼の表情がパアッと明るく輝く。

「千秋さん〜!!」

情けない声を漏らす健作を見て、雛乃ちゃんもホッとしたような表情で笑った。

「よかったあ…。健作さんから聞いてた通り、千秋さんってすごく心が広くて、かっこよくて、優しい方なんですね。私、憧れちゃいます…!」

雛乃ちゃんがそう言うと、2人は目を合わせて小さな子ども同士のように笑い合う。

その様子はまるで仲の良い兄妹を見ているようで、先ほどまで少なからず不快感を感じていた私までもが、ホッとしたような気持ちになれた。

…この瞬間までは、確かにそうだったのだ。

私がパニックにおちいってしまったのは、そのすぐ後のこと。

「別に元恋人ってわけじゃないんだしさ。そんなに気まずがらないで、これからは健作と同じように私とも仲良くしてよね、雛乃ちゃん」

何気ない相づちのつもりで言っただけだった。それなのに…。

健作から返ってきた言葉の意味を、私はすぐに理解することができなかった。

「そうだよね。中学・高校時代のことなんて“恋人”とも言えないおままごとみたいなもんだよ」

「付き合ってたとカウントしていいのかさえ、あやしいですよね」

お互いにそう話しながら、健作と雛乃ちゃんはホットサンドにかじりつく。

あまりに軽い響きで、聞き流してしまいそうだった。しかし私は、同じくホットサンドにかじりつく直前で、フリーズしてしまう。

「…えっ?」

低い声が、口から漏れた。

その声はしっかりと届いていたらしいが、2人の心から安堵したような表情は変わらない。

そして、何もおかしなことなど起きていないかのようにランチを楽しみながら、健作は私に向かってニコニコと言うのだった。

「とにかく。今はもう、なんでもないから。千秋さん、理解してくれてありがとう!」


固まったまま動けずにいる私の方が間違っていると言わんばかりに、和やかなランチが始まってしまった。

コーヒーの美味しさを語り合う健作と雛乃ちゃんの前で、私の頭は混乱を深めていく。

先ほど「結婚するのは私」「2人はこれまで通り、仲良くしてね」と、言ってしまったばかりなのだ。

「…ちょっと待って。2人は中学のときに付き合ってたの?いくら子どもの頃の話でも、それなら話は別だよ。もう話さないって、目の前で約束して!」

和やかな空気に包まれたオフィスというこの場で、そんなふうに言える大人がどれだけいるだろう。

今はもう、なんでもないから。

その言葉を掘り下げることも、聞かなかったことにもできない。私はただ笑顔を張り付かせたまま、当たり障りのない会話に参加するしかなかった。

― どうしよう。31歳にもなって、中学の頃の恋愛に嫉妬するのっておかしいの?

学生時代の元カレは、私にだっている。けれど今はどこで何をしているのかさえ、わからない。わからないのが普通だと思っていた。

エスカレーター式の一貫校で、全く変わらない人間関係のまま育ってきたら、この2人のような反応が自然なのだろうか。

考えれば考えるほど、思考は袋小路へと迷い込んでいく。

気持ちの行き場を失い、どうしようもなくなった私は、机の上に置いていたマルニのミニバッグへ手を伸ばす。

そして中からこっそりスマホを取り出すと、どうにか心を落ち着かせながら、ある人物へとLINEを送ったのだった。


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健作と雛乃の友情に、違和感を覚えた千秋は…。

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