女にとって、人生で最も幸せなときと言っても過言ではない、“プロポーズから結婚まで”の日々。
そんな最高潮のときに婚約者から「別れ」を切り出された女がいる。
―この婚約は、なかったことにしたい。全部白紙に戻そう。
澤村麻友、29歳。
夫婦の離婚とも、恋人同士の別れとも違う、「婚約解消」という悲劇。
書類の手続きもない関係なのに、家族を巻き込み、仕事を失い、その代償はあまりにも大きかった。
ーさっさと忘れて先に進む?それとも、とことん相手を懲らしめる?
絶望のどん底で、果たして麻友はどちらの選択をするのか?
「結婚しよう」
29歳の誕生日の夢のような一日を、麻友は生涯忘れないだろう。
サプライズの舞台は、アンダーズ東京のスイートルーム。
部屋中、麻友が好きなピンクのバラで埋め尽くされ、窓の向こうにはまばゆい夜景が輝いている。
そして、目の前に差し出されたダイヤモンドの指輪が、ひときわ美しくきらめいていた。
待ちに待った言葉を最愛の人に告げられたとき、麻友は涙をこらえることはできなかった。
イエスの返事をすることも忘れ、泣きじゃくる麻友の肩を良輔は抱き寄せた。
「私、今、一生で一番幸せ」
良輔は指で麻友の涙を拭うと、頬を寄せた。
「その言葉は、もっと先に取っておいてくれよ。結婚式は思い切り豪華にやろう。それにいつか、子供だって生まれる。2人…3人がいいかな。まずは麻友に似た女の子が…」
「良輔、気が早い」
「ああ。そうだな。ごめんごめん。俺も、今日が本当に楽しみで…」
2人は泣き笑いの顔で見つめ合う。
「良輔、ずっと大切にしてね」
「もちろんだよ。麻友、愛してる」
部屋に漂うバラの香りに身を委ね、幸せを噛みしめる…。
麻友はふいに目を覚まし、時計を見た。
成田到着までまだあと6時間もある。
「また、あの日の夢…」
麻友はまだぼんやりとした頭で、夢の余韻に浸っていた。
寝る前に、機内での乾燥をふせぐためのマスクに、ローズのアロマオイルを1滴落としていた。
バラの香りに包まれると、プロポーズの日の夢を見る。それは麻友にとって“幸せのジンクス”だ。
夢の続きを見ようと、再び麻友は目を閉じた。
もうすぐ、4ヶ月ぶりに良輔に会える。
この記事へのコメント
これは無いよ、良輔