「ところで亜弥ちゃんもバツイチだよね?なんで離婚したの?」
目の前の男を品定めしていたとき、不意に矛先が自分に向かってきたので、パンをちぎっていた手がピタリと止まる。
一番聞かれたくない質問だった。
「私も、浮気されたんです」と離婚理由のひとつを伝えて、その場をしのぐことだってできる。
ただ亜弥の場合、すべての非が浮気した元夫にあるわけではない。自分にも悪かったところが少なからずあった。
目の前にいる松下は、とても素敵な人だし次もデートしたいと思う。でも、だからこそお互いのためにもマイナスの情報は、ちゃんと先に伝えておきたい。
「彼が浮気した、っていうのもあるんですけど…」
亜弥は、嘘をつかない程度に、大人の回答でその場を切り抜けることにした。
「私、あまり家事をしなかったんです。仕事が忙しくて夜遅く帰ってきた後に食事を作ったり、家を整えたりできなくて。それでかなぁ…」
だが、松下はこの回答では許してくれず、さらに突っ込んできた。
「そっかぁ。亜弥ちゃんみたいにバリキャリだったら負担だよね。でも、家事が嫌いってわけじゃないんでしょ?」
根ほり葉ほり聞いてくるのは、自分に興味があるからなのかもしれない。
ただ、“離婚理由”という核心を掘り下げてくるのは、相手の本性を見極めたいという気持ちもあるのだろう。
同じバツイチとしてよくわかる。
バツイチたるもの『次こそは、離婚したくない』『次こそは、幸せになりたい』と願っている。
だからこそ、無理してつくろわず本音を言った方がお互いのためだ。亜弥は満面の笑みをたたえ、意を決して松下に向かって言葉を発した。
「ぶっちゃけ家事は、……嫌いっていうか、苦手です」
離婚を“人生経験”とか“人生のリセット”などとポジティブに捉える人もいるが、亜弥にとっては負の歴史だ。結婚生活によって、自分の『とてつもなく家事が苦手』という弱点が顕在化してしまったから。
そんな訳で次こそは、そういった自分の弱点も含めて受け入れてくれる人と再婚したいと思っている。
「離婚理由って、色々あるよね。お互い色々あったよね」と松下は笑顔でうなずき、それ以上は聞いてこなかった。
同じバツイチ同士、心が通じ合えた瞬間だと亜弥は感じた。
― 素直に話してみてよかった…。
最後は、「次は夜飲みに行こう」なんていい感じで別れたのだ。
◆
ー17時ー
松下との初デートを終え自宅に戻った亜弥は、シャワーを浴びた後、部屋着にしているレニーのヨガウェアに着替えた。
冷蔵庫から、冷えたビールを取り出し一口飲む。
― ふぅ、再婚活って疲れるなぁ。
一人では十分な広さの1LDKは、2年前に離婚した時に買った。三宿にも下北沢にも、代々木上原にもほど近い代田というエリアだ。
ソファとダイニングセットだけ置いてあるシンプルな部屋。家事が苦手と言い切る割に、散らかってはいない。
亜弥はダイニングテーブルに駅前のコンビニで買った唐揚げを広げ、ひとつ、またひとつと口に入れる。
最後のひとつを口に入れたとき、LINEの通知音が鳴り響いた。
松下を紹介してくれた友人からだった。
『亜弥ちゃん、松下さんに家事が苦手って自分から喋ったの?正直に言わなくてもいいのに…』
彼女からのLINEを見て、さっき別れ際に「今度、飲みに行こうね」と言われたのは、単なる社交辞令だったのかと肩を落とす。
― 家事が苦手ってだけなのに…。そこまでナシかなぁ。
自分で言うのもなんだが、性格は底抜けに明るいし、スタイルも顔もまぁまぁだ。
『松下さん素敵だったけど…。離婚理由を隠して失敗するのは、嫌なの。せっかく紹介してくれたのに、ごめん!』
返信した後、2年前の元夫との別離のときのことを思い出していた。
亜弥と元夫が知り合ったのは、食事会。
お互いにランニングが趣味だと知り、すぐに意気投合した。彼は2つ年上で大手メーカー勤務だった。
プライベートを犠牲にして出世を狙うようなタイプではないが、その代わり一緒にいる時間をとても大切にしてくれる人。
お互いスポーツが大好きで、スポーツ観戦や登山など二人でいろいろなところに出かけた。
結婚しようと言われたのは、付き合って2年経った頃で亜弥が31歳の時。
ちょうどいい年頃だったし、一緒にいると楽しいから、きっと結婚生活もうまくいくはず。そう思って二つ返事でOKした。
しかし、一緒に住むまで亜弥は、元夫に隠していたことがあったのだ。
この記事へのコメント
得意な方が担当するのも合理的でいいけど、相手がちゃんと感謝できなかったり家事配分に不満があるなら、爆発する前に冷静に家事分担話し合ってもよかったんじゃないかな?共働きなんだし。
分担決めてもやらなかった場合はアウトということで。
一度も洗濯やらクリーニングにも出さないで着ているから?
さすがに酷いわ。
私が十分なお金を稼ぐから、家事は全てお願いしますと言えるくらいの仕事を持っているならまだしも。