2020.06.08
彼女のウラ世界 Vol.2他愛もない雑談のあと、敏郎はマスターに何気ないフリを装って聞いてみる。
「明子は、ここで何か僕のこととか、話したことあるかな」
「いえ。明子さんからプライベートの話は聞いたことはありませんね。世界情勢や経済の話とかはよくしていましたが」
「世界情勢?」
「はい。確か、お勤めが外資系コンサルだったんですよね。明子さんからお勉強させて頂くことも多かったですよ」
「明子がコンサル…?」
「そんなバカな」と声が出そうになったところで、敏郎は言葉をのみ込んだ。そしてそれ以上の情報を引き出そうと、必死で言葉を繕う。
「そ、そうだったな。確か、どこの会社だっけ…」
「細かいところは覚えていませんが、昔NYにも住んでいたんですよね。ここに初めて来た頃、東京に異動してきたばかりだと言っていましたが」
「それ、何年前」
「私がこの店に移ってきたばかりの頃だから…」
「少なくとも3年以上前だろう?僕に会う前のはずだが?」
突然、マスターの表情が変わる。驚くべき情報の数々で食い気味になる敏郎に、どこか警戒心を抱いたようだ。
それ以降、マスターは敏郎が何を聞いても質問をはぐらかすのみになった。その様子から、自らの必死さと言動の不自然さに気づき、敏郎は反省する。
ーそうだよな。婚約者だと名乗りながらも、僕は明子のことをほとんど知らなかったのだから。
手持ち無沙汰になり、帰るきっかけもつかめず、何気なくバーカウンターに並ぶ酒瓶をスマホのカメラで撮影してみる。
最新型のスマホは、ホテルラウンジの空気も一緒に撮りこむ。クラシックな内装に並ぶ色とりどりの酒瓶はフィルターをかけずとも映えている。
敏郎は、インスタグラムにその写真を投稿した。
「明子が見るかもしれない」そんな下心があったのは言うまでもない。
寂しさを癒す『いいね』の通知
確実に誰もいない部屋に、ひとり帰る。明子がいなくなってからというもの、その無意味さは敏郎の家に帰る足取りを重くさせていた。
だが、今日はどこか違っていた。スマホの通知が敏郎の孤独を癒してくれていたのだ。
友人たちから届く“いいね”の数。
3年ぶりとなる投稿への、物珍しさからだろう。鳴りやまない通知に空虚な心が満たされていくのをおぼえた。
そして、ふと思う。
彼女もまた“それ”を感じていたのだろうか。だから、ガラにもない店にひとりで行ったり、時折こじゃれた料理を無理に作っていたのだろうか。
胸の奥がツンと痛んだ。
そんな彼女にしてしまったのは、仕事ばかりであった自分のせいでもあるから。
もしかしたらあの店のマスターが言っていた「コンサルで、NYに住んでいた」というものも、彼女なりに自身の空虚を埋める虚構だったのかもしれない。
いいねの中には「まだその店にいますか?」と思わせぶりなコメントを寄せてくれた旧知の女性もいた。
しかし、明子からのアクションはない。
日も傾きはじめ、山手通りを歩きながら夕食はどうしようかと考える。
ー明子がいたらこんなことを考える必要はないのに。
気が付けば、僕はコメントをくれた女性にメッセージを送っていた。
▶Next:6月15日 月曜更新予定
メッセージの送り主と会うことを決めた敏郎。そのデートは、多くの意味で彼の心を揺さぶり…?
一人で来店する客には、自分の時間を楽しみたい、また秘密を守れる誰かに話を聞いてほしい、そんな客もいます。
バーのカウンターは、宿り木となり、バーテンダーは、客が話しかけて初めて客の話しに耳を傾けるんです。
私は女ですが、バーへ行くとき、そんな感じでしたね。
癒されて家に帰り、疲れるとバーへ帰っていました。
(あえて「帰る...続きを見る」と表現します。それが心情に適した表現なので)
男性がお花畑で思い込み激しかったのか、女性がこの結婚難の時代にでも結婚したいと思わせる何かがあったのか‥
【彼女のウラ世界】の記事一覧
2021.01.01
Vol.15
2020年ヒット小説総集編:「彼女のウラ世界」(全話)
2020.08.24
Vol.14
「勝手にどうぞ、お幸せに」元カノの婚約報告に、男が嫉妬心を剥き出しにしたワケ
2020.08.23
Vol.13
プロポーズ直後、女が姿を消したワケとは?「彼女のウラ世界」全話総集編
2020.08.17
Vol.12
「温情で結婚を申し込んでやっただけ」勘違い男のプロポーズに、元恋人が見せた反応は
2020.08.10
Vol.11
「婚約破棄した男が、すぐに年下の女と…」共通の友人から聞いた、ゾッとする噂話の真実
2020.08.03
Vol.10
「ベッドの上で見せた笑顔は、幻だった…?」付き合いたての彼女の態度が、一変したワケ
2020.07.27
Vol.9
「学歴も収入も負けている女と、結婚できる?」婚約破棄された男のプライドが、打ち砕かれたワケ
2020.07.20
Vol.8
「僕が教えて、成長させてあげる」14歳年下の女にハマった男が、こっそり企んでいたこと
2020.07.13
Vol.7
「家事さえしてくれれば、それでいい」婚約破棄された男の傲慢な考え
2020.07.06
Vol.6
「尽くしてくれる彼女に甘えたい」彼女に“母親代わり”を求めるアラフォー独身男の本音
2020.06.29
Vol.5
「あなたに話があるの」5年振りに再会した女から突然の連絡。彼女が伝えたかったこと
2020.06.22
Vol.4
別れた彼女の職場に、突然押し掛ける元・婚約者。非常識な男に伝えられた、衝撃の事実
2020.06.15
Vol.3
「インスタチェックしてるなんて気持ち悪い」悲劇に酔う男に突き付けられた、女の本音
おすすめ記事
- FREE
2020.06.01
彼女のウラ世界 Vol.1
彼女のウラ世界:プロポーズ後に姿を消した彼女。慢心が招いた男の誤算とは
- PR
2022.04.25
Find Your Gin ~いい大人はトレンドの一歩先を愉しむ~
恵比寿でお忍びデート。代理店勤務の彼が「上質なクラフトジン&希少部位の焼き鳥」に魅了されたワケ
- FREE
2016.05.06
東急カレンダー
東急カレンダー:忙しい人ほど遊んでいる!を体現するIT社長が代官山を愛する理由
2020.05.08
元カレ・コレクション
「3年後、何してたい?」そう聞かれて結婚を思い浮かべた女に、男が放った一言とは
- FREE
2016.12.25
由香の秘密
由香の秘密:東京の男は、こんな風に私を抱ける?死線を生きる刺激的な男女への憧れ
2017.11.02
寿退社したものの
じっくり話すべき夫婦問題に向き合わない夫。妻は、密かに不満を蓄える
- FREE
2017.07.01
丸の内のプーさん
丸の内のプーさん:イケメン商社マンの隣で、愛されキャラを確立した男
2016.12.27
東京イノセントワールド
いよいよ明日で最終話!「東京イノセントワールド」全話総集編
- FREE
2018.04.07
男女のAorB〜出題編〜
男女のAorB〜出題編〜:テーブル席orカウンター席。女性を“落とせる”デートはどっち?
2019.09.06
呪われた家
玉の輿に乗ったはずが…。夫の実家からの「男児を産め」というプレッシャーに縛られる女
東京カレンダーショッピング
ロングヒット記事
- FREE
2022.03.08
トラップ~嵌められた男と女~
トラップ~嵌められた男と女~:マッチングアプリにハマった女が取った、危険すぎる行動
- FREE
2022.01.17
夫と私とサチ子
夫と私とサチ子:プロポーズの直後、彼のスマホに1通のLINEが。慌てた男が口にした衝撃の告白
- FREE
2022.01.22
Age33~分岐点の女たち~
Age33~分岐点の女たち~:結婚間近の29歳女。彼が約束より早く家に来て、衝撃的な告白を…
- FREE
2022.04.06
産後クライシス—結婚3年目の波乱—
産後クライシス—結婚3年目の波乱—:出産の“ご褒美”はダイヤモンド。夫の愛に浸るセレブ妻の大誤算
- FREE
2022.02.18
ワタシ 29.0~updateする女~
ワタシ 29.0~updateする女~:“垢抜ける”ことを決意した夜。初対面の男から浴びせられた、プライド崩壊の言葉とは
2020.04.04
男と女の答えあわせ【Q】
男と女の答えあわせ【Q】:「あなたとだったらいいよ♡」と言っていたのに。彼女が男を拒んだ理由
2020.04.05
男と女の答えあわせ【A】
男と女の答えあわせ【A】:「この男、セコすぎ…!」デートの最後に男が破ってしまった、禁断の掟
- FREE
2022.01.25
マウンティング・ポリス
マウンティング・ポリス:未婚の37歳友人に「結婚してなくて可哀想」と言い放つ女。しかし、実は夫と…
- FREE
2022.04.21
結婚できない私たち
結婚できない私たち:可愛くて会話上手な28歳女。なのに男にホテルに“置き去り”にされたのは…
- FREE
2022.02.20
選ばれし女―Who was chosen?―
選ばれし女―Who was chosen?―:結婚願望のないハイスペ男が“結婚”を決意。絶対手に入れたかった女とは
この記事へのコメント