彼には言えないこと
「さてと…」
キッチンに立った花奈は、まずは白ワインを口にした。それから好きな音楽をかけて、料理のモチベーションを上げる。
健人と付き合うまで、いや、結婚するまで料理は全く出来なかった。
正直、今でもそんなに得意ではない。家事は協力してやっているが、料理に関しては、比率で言うと、健人が7で花奈が3といったところ。
そんな花奈がこれから作ろうとしているのは、健人と初めて横浜の山下公園でデートした時に、彼が作ってくれたお弁当に入っていた思い出のメニューだ。
−だけど私、あの時はなあ…。
花奈は、健人に最初に告白された時のことを思い出した。
健人には秘密にしているが、その当時の花奈には、他に好きな人がいた。何度か2人きりで出かけていたし、当然その彼とこのまま付き合うことになるだろうと思っていた。
そんなタイミングでの、まさかの健人からの告白。
同期会の帰り道、健人に話があると言われた時、「なになに?」と明るく答えながらも、正直焦った。
−同期にこんな人いたんだっけ…。
実は、彼の存在すら忘れていたのだ。
健人はかなり地味な存在で、目立つタイプではなかったから、花奈の記憶に全く残っていなかった。
過去の恋愛を振り返ってみても、自分は、ちょっと派手で女性慣れしているような、いわゆる“モテる男性”に惹かれることが多い。
モテる男性を落として、メロメロにさせること。それでこそ、神谷花奈。
「さすが花奈さん」と周りからもさんざん言われてきたし、花奈にもその自負がある。
だが健人は、好みのタイプとは全く違っていた。つまり、完全なる恋愛対象外。そんな彼から、ある日突然告白された時には驚いたが、もっと驚いたのは、自分がなぜかその場でOKしてしまったことだ。
これこそ健人には絶対に言えないが、交際当初は、自分の選択を何度も悔やんだ。
ーなんでOKしちゃったの、私…。
好きと言ってくれたから付き合ってみたけど、自分は彼のことを100%好きになりきれない。人間としては好きだけど、恋愛感情なのか分からない。
それに、ふとした瞬間に好きな人の顔が過ぎる。健人が愛情を注いでくれればくれるほど、苦しかった。
−なのに、まさか私が自分から健人にプロポーズして結婚することになるなんて…。
自分でも驚くが、それくらい、健人のアプローチはすごかったと思う。
これまで花奈が経験したことのないアプローチを次々に繰り広げ、どんどん惹かれていったのだ。
彼は、純粋で真っ直ぐそうに見えるが、意外と計算高い策士なのかもしれない。
数々のモテ男を落としてきた花奈だが、落ちたのは健人だけ。
−高価なプレゼントより、女を幸せにしてくれるもの。それは…。
花奈は幸せを噛み締めながら、もうひとくち、ワインを口にした。
▶︎Next:5月30日 土曜更新予定
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この記事へのコメント
でも何か、ステキな小説になりそう。来週以降も楽しみ楽しみ😊
に近いものだね。😚😁