彼の家は、明治通り沿いの小綺麗なマンションの5階にあった。
「その辺適当に座ってて。コーヒーでも飲む?」
「あ、うん。ありがとう」
久しぶりに入る一人暮らしの男の部屋に緊張しながら2人掛けソファーに腰掛けた。キッチンから豆を挽く音とともにコーヒーの良い香りがしてくる。
天井が高い彼の室内を見渡すと、壁に飾られた海の写真が目に入ってきた。
「勇仁くんて、海好きなの?」
マグカップを2つ持って現れた彼に尋ねる。
「あ、それ?最近は行ってないけど学生の頃から海が好きでさ。潜ったりしてて…」
彼の好きな海の話、カメラの話、映画の話…。コーヒーを飲みながらとりとめのない話をしていると、ずっと昔から付き合っているような錯覚に陥った。
会話がふと途切れたとき、彼の呼吸音が聞こえてきそうな距離にまで彼の顔が近づいてきた。
その距離で、私は彼にキスされる前にこう言った。
「一線を超えたら、私本気になるけど。それは覚悟しておいてね?」
「どうしたの?急に」
「だって。大事なことは早い段階で共有しておかないと、でしょ?」
彼から教わった、仕事にも恋愛にも通ずる私の哲学。
私の想いはちゃんと伝えた。
これで彼が私と真剣に向き合わないようであれば、勇仁はきっと運命の男ではない、そう覚悟した。
「わかったよ」
彼は真剣な眼差しから一転、くしゃっとした笑顔でそう答えた。
そして、ゆっくりと彼の唇が優しく重ねられた。
◆
勇仁:「価値観、居心地、そしてタイミング」
今日は、麗香と付き合い始めて2年の記念日。
彼女が初めて家に泊まったあの日から、僕たちは付き合い始めた。
『だって。大事なことは早い段階で共有しておかないと、でしょ?』
麗香のあの時のセリフは未だに脳裏に焼き付いている。あんな場面で、自分の意志を真っすぐに伝え、それでいて色っぽさを残したままの彼女に、僕は敵わないと思ったことをよく覚えている。
麗香は、“その場の雰囲気に流される女”ではなく、“タイミングを逃さない女”だった。
世間の価値観に惑わされず、自分の哲学を信じることができる女。麗香のことを知れば知るほど彼女の魅力にハマったのはそういうところがあるからだ。
いつだったか、麗香があの時のことを振り返ってこう言っていた。
「だってさ、お互い忙しいじゃん。何回かデートして、順番守って…。ってやってたら、タイミング逃して私おばあちゃんになっちゃう!」
その時の麗香のふくれっ面がなぜだか面白くて。あぁ、僕はこういう面白い子と一緒にいたいんだなと、改めて思った。
巷には、恋愛のHow toばかりを気にして、その順序とやらを気にする女性も多い。
確かに、要注意な男も少なくない。だけど、すべての男が、付き合う前に一線を越えたらすぐさま本命から外すなんて単純な思考回路をしているわけでもない。
それ以上に、価値観が合うかとか、一緒にいて楽しいかとか、タイミングが合うかとかの方がよっぽど重要だ。少なくとも僕はそう思う。
「勇仁、お待たせ!また、仕事長引いちゃったよ~」
「遅いよ~麗香。早く乾杯しよ!」
僕はポケットに忍ばせた小さな箱を手で確認しながら、シャンパンを注文した。
「乾杯~」
「やっぱり仕事のあとに一緒に飲むお酒は最高だね!」
幸せそうな顔でシャンパンを飲む麗香を見つめながら、僕は今までない緊張を感じている。
これから僕は、彼女にプロポーズをする。
▶Next:5月21日 木曜更新予定
「2番目に好きな人と結婚した方が幸せ?」自分の感情を1番に優先した女が登場。
東京カレンダーが運営するレストラン予約サービス「グルカレ」でワンランク上の食体験を。
今、日本橋には話題のレストランの続々出店中。デートにおすすめのレストランはこちら!
日本橋デートにおすすめのレストラン
この記事へのコメント
久しぶりのヒット😆
普段から仕事もプライベートも充実させてる人だからこその自信かなー?
"迷ったら走れ"って人もいたけどw