―どうして誰も、私の中身を好きになってくれないんだろう…。
夜の青山通りをタクシーの窓からぼんやりと眺めながら、奈津子は思う。
人材派遣会社の営業部に所属する奈津子は、もう数え切れないほど同じシチュエーションを経験していた。
何せ奈津子は、“超”がつくほどの美人。街を歩けば、男女問わず振り返らない人の方が少ない。
透き通るような真っ白な肌に、こぼれ落ちそうなほど大きなアーモンド型の目、まるで人工物かのようにすらりと通った鼻筋、バランスの良い唇。
どのパーツを取っても「美しい」以外の表現が見つからない。
「なつこちゃん、かわいいね」
物心ついた時から幾度となく言われ続けてきた。もはや奈津子にとって「可愛い」や「綺麗」といった形容詞は、褒め言葉でもなんでもなく、ありきたりな言葉に過ぎない。
だからこそ「顔だけ」の女になりたくないと、入社から7年、仕事に精を出してきたのだ。
「奈津子は相変わらずモテるね。羨ましいよ」
早川から告白された翌日の土曜、奈津子は営業部の同僚、美緒(みお)と池尻の『リアン』でランチをしていた。
「モテるって言っても、どうせみんな顔にしか興味がないから意味ないよ」
「まぁ、顔だけでもモテる方がよくない?モテないよりはさ」
出た。美緒は知らないのだ。顔だけで好かれることほど、悲しいことはない。
「気が合うな、友達になりたいな」と思って仲良くしていたはずなのに、気付いたら好意を持たれてしまう。
勝手に好きになられて、勝手に恋をされ、勝手に勘違いをされ、挙句振ると怒るのだ。
…もちろん美人だからこそ、得をしてきたことだって数え切れないほどある。
男性と二人で食事に行けば、財布を出す必要はもちろんないし、タクシー代を払うことだってない。男性の車で送り届けてもらったことだって、何度も。
だけど、そんなちょっとした「ラッキー」は、奈津子にとって当たり前のことだ。
奈津子は「美女扱い」されることが当然で、いつからか「ちょっと多めに払うよ」なんてことを言われれば、「しょぼい男だな」と思ってしまうようになっていた。
この「矛盾」が、自分自身を苦しめていることを、奈津子は知っている。
この記事へのコメント
透き通るような白い肌
アーモンド型の目
通った鼻筋
鈴木その子か?
「嬉しいけど、人に見られず静かに生きていきたい」と。羨ましいけど美人は美人で大変なんだよね。