父親に、宗次郎の兄と兄嫁、その息子。そしてこの家の長女である宗次郎の妹。総勢6名が、応接セットのソファーに腰を下ろしていた。
―ちょっと、全員集合しているなんて、聞いてない…。
手土産の数、少なかったかも。子供もいるなら、やっぱり洋菓子の方がよかった?沙織はそのミスだけで頭が真っ白になる。
「紹介するよ。沙織さん」
宗次郎はさっとソファーに座り、軽い調子でそれだけ言った。
沙織があたふたしていると、千鶴子が持った紙袋を見て長女の瑠璃が目を輝かせた。
「あ。私、すやの栗きんとん大好き。嬉しい。ママ、早速いただこうよ」
そう人懐っこい笑顔で言う。
「いただいた側からお行儀が悪いわよ」
母親からそうたしなめらると、親しげに沙織に目配せする。沙織は心底ホッとして、瑠璃に感謝した。
「はじめまして。岡林沙織と申します。みなさんにお会いできると思っていなかったので、もしかしてお土産が足りないかもしれませんが…」
「沙織さん、ありがとう。宗次郎の妹の瑠璃です。もしかしてすやの栗きんとんが好きなんですか?なんだか気が合いそう」
―良かった。妹さん、話しやすそう。それにしても、きれいな人。
音大でピアノを専攻している妹がいると宗次郎から聞いていた。この流れでバタバタと自己紹介が始まり、沙織は一人一人と挨拶を交わした。
厳格な父親の成一郎は大学教授。穏やかな兄の燿一郎はデザイナー。二人目を妊娠中という兄嫁の朝美は体調が悪いのかにこりともせず、4歳の息子の京一郎は「ケーキが良かった」と駄々をこねている。
「ケーキじゃなくてごめんね。京一郎くんに会えると思っていなかったの。次は必ず持ってくるね」
京一郎は、かがみこんでなだめる沙織のことをジロリと睨んだ。その瞳はあまりに悪意に満ちていて、ぎょっとさせられる。しかも朝美にはあきらかに無視され続けていて、息がつまりそうだ。
どうにか全員と挨拶だけ交わし、ようやく一息…というタイミングで、事件は起きる。
しきたり其の一
婚礼衣装は姑から受け継いだものを着ること
「もう沙織さんのために準備しているのよ。早速見てもらいましょう」
千鶴子と瑠璃が楽しそうに目を合わせる。
「え?何をですか?」
沙織が聞く間も無く、瑠璃は立ち上がり、奥の間に続く引き戸を開ける。目に飛び込んで来たものを見て、沙織は卒倒しそうになる。
そこに現れたのは豪華絢爛で古めかしい…
「ウェディングドレス…?」
―え?なにこれ?どういう意味?
マネキンが着たウェディングドレスを目の当たりにして、沙織は嫌な予感に鳥肌が立つ。一方の千鶴子は興奮した調子で喋り始めた。
「このドレス、私がこの家に嫁いだときにオートクチュールで作ったものなのよ。清川家では代々姑が着た婚礼衣装を受け継ぐしきたりなの。私のお母様までは白無垢だったから、ドレスは私の代から。もちろん、朝美さんも着たのよ」
「え…私がこのドレスを…?」
今の時代には見る影もないデザインだ。
詰まった襟元にはマネキンの顔よりも大きなリボン。それよりもさらに巨大なパフスリーブ。スカートは全て大きなフリルとオーガンジーの花とリボンが装飾され、付属されたベールは滑稽なほど大きく横に広がり、頭頂部にも大きな花々とリボンがあしらわれていた。
―嘘でしょ?ちょっと待って。
「沙織さん、美人だから絶対によく似合うわ!ね。瑠璃ちゃん」
「うん。ぴったりだよ。朝美さんより似合っちゃうかも」
―宗次郎、助けて…。
「早速採寸しましょう」
千鶴子が沙織ににじり寄る。
声にならない叫び声を視線に託すが、それが宗次郎に伝わることはない。この先もずっと、永遠に。そう…これはこれから始まる悲劇の序章にすぎなかった。
呪われた家・清川家の家系図
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まさかの同居?大歓迎された沙織だが、あまりにも失う物が大きかった。恐怖のしきたり“其の二”とは…?
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