200億の女 Vol.5

「彼といると、自分がコントロールできない」。2人の女を翻弄する、男の巧みな話術とは


「ごめんなさい。あなたのことを疑っていたんです。それも富田さんの恋人としてではなくて。私や私の会社に害を及ぼす可能性を探っていました」

「…あなたの会社に?僕が、害を?僕が?なんで…」

さっきまでの冷静さは消え、戸惑いしかない彼の表情に、私は自分が酷く自意識過剰な防御をしていたのだと思い知らされた気がして恥ずかしくなった。

「私たち実は、初対面じゃないんです。富田さんに紹介される前、本当に初めて会った時、私が随分失礼なことをしてあなたを怒らせました。それなのに富田さんから紹介された時あなたは私に、初めまして、と言いました。

あんな出来事を忘れたふりをするなんて…と私はあなたを怪しんで…何か目的があるはずだ、弁護士だというのも嘘じゃないかと」

そこまで言って、言葉に詰まった。改めて考えてみれば、彼が忘れていた可能性だって、ないわけじゃない。

私はあの時、地味な色のスーツを着ていたし、それでなくとも特徴にかける、ごくごく普通の平凡なルックスの女だ。

私は彼の横顔に見惚れたけれど、彼は私の顔など、まともに見ていなかったかもしれないし、大して興味もなかっただろう。それに彼はお酒を飲んでいたし、酔っ払っていたとしたら?

考えれば考えるほど、自分を正当化する理由は失われていく。言葉をなくした私に、大丈夫ですか、と心配そうな声が上から降ってきて、私は自分が俯いていたことに気がついた。

見上げた彼の瞳は、優しかった。

「僕は、神崎さんを責めたかったわけではありません。ただ、なぜなのか理由が知りたかっただけで、責めたてたように聞こえてしまったなら、職業病だと、許してもらえないでしょうか?」

彼が謝る必要は、何一つない。私は首を横に振り、言った。

「富田さんが、あんなに幸せそうに紹介してくれた恋人を、私や私の会社に害を及ぼす人かもしれない、と調べてしまう私の神経が異常なのです。それを指摘してくださったあなたには、むしろ感謝すべきで…」

言い切る前に、カウンターに置いていた私の手に、彼の手がそっと重なった。何が起こったのか、状況を飲み込めない私は彼を見つめたまま言葉を失う。その沈黙を補うように彼は穏やかに言った。

「あなたのような立場の人が、人を疑う…いや、疑わなければならないその気持ちも、切なさも十分に分かります。きっとあなたは誰よりも孤独なのに…自分は傷だらけでも戦いを放棄しない。それって、すごいことです。

僕は臆病な人間だから、神崎さんみたいな勇敢な人を尊敬します。…ああ、そんな顔を…悲しい顔をしないでください」

―悲しい顔?

私は、今どんな顔をしているというのだろう。

そう思った瞬間、私の肩に強い力が触れ、気がついた時には、彼に抱きしめられていた。

肩に触れたのが彼の大きな手で、その長い腕に引き寄せられたのだと理解するまで、しばらくの時間がかかったはずだった。

けれどその間なぜか…私は抗う気も起きず、頰に伝わる彼の胸の温もりと、その鼓動を感じていた。


▶NEXT:7月28日 日曜更新予定
ついに令嬢陥落!?心の隙間に忍び込むことに成功した、男の次の手は!?

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