貴方は、自分の意外な一面に戸惑った経験はないだろうか。
コインに表と裏があるように、人は或るとき突然、“もう1人の自分”に出会うことがある。
それは思わぬ窮地に立たされたときだったり、あるいは幸せの絶頂にいるときかも知れない。
......そして大抵、“彼ら”は人を蛇の道に誘うのだ。
初回は、人妻の麻美(30歳)をご紹介しよう。
「じゃあ、行ってきます」
「...ん...。はーい...」
朝、5時半。
夫の雄一が寝室を出て行くのを、麻美はまだ上手く開かない目でぼんやり眺めた。
先月33歳になった彼の髪にはほんの少し白髪が混じっているが、日々ジムで鍛え上げた身体は濃紺のスーツを完璧に着こなしており、シワのないシャツも耳元のBOSEの最新型イヤホンも、新調したばかりの3本目のAppleWatchも、嫌味なほど板についている。
外資系証券会社勤務の雄一は、何らかの案件でかなり多忙のようだ。
だが表情こそ少し険しいものの、そこに疲れた様子はなく、むしろ生き生きしている。
—ほんと、つまんない男。
そして麻美は、妻に弱音一つ吐かない夫を、もはや同居人と思うようにしている。
二日酔いの重い頭をブランケットで覆い、二度寝を試みた。
しかし、もう眠りが訪れることはなかった。麻美はもともと不眠の気があるのだ。
新婚の頃は共働きにもかかわらず、甲斐甲斐しく朝4時に起床してお弁当を作ったりもした。
見送りとお迎えは何を差し置いても優先するのが夫婦円満のコツと聞き、玄関へと必死に小走りし笑顔を振りまいた日々もあった。
しかし今となっては、ベッドから起き上がるのすら億劫だ。
それどころか、料理も洗濯も掃除も、向かい合って夫の顔を見るのも、すべてが億劫で仕方がない。
この記事へのコメント
全て失うコカインみたいなものなのに。
二面性とかふざけた事を言ってないで、さっさと離婚が先でしょう。