「今日は珍しくオンタイムだな」
『イルブリオ』の個室に先に着いて待っていた僕を見て、弘人先輩は驚いたような顔をした。いつも仕事が押し、オンタイムに行けないのは僕の悪い癖だ。そんな話をしていると、スッと個室の扉が開いた。
扉の方へ視線を向けると、キャスケットを被った、とんでもなく脚の長い女性が立っている。
「はじめまして。亜弥です」
細くて長い足を持て余しているその女性は、何かで見た記憶がある。たしか女性誌のモデルさんだ。
「あの、今日もう一人増えちゃったんですけどいいですか?」
少し冷たい話し方の亜弥に弘人先輩も若干押されつつ、“もちろん!”と鼻息が荒くなっている。たしかに、こんなに綺麗でスタイルの良い女性を目の前にしたら誰もが浮かれるだろう。
そうしているうちに、元々局アナで今はフリーになり、バラエティ番組でよく見かけるアナウンサーがやってきた。
小柄で可愛らしく、大きなマスクで顔を隠しているが、顔が小さすぎてマスクが異様に大きく見える。
弘人先輩の周囲が華やかなことは知っていたが、続々と集う有名人たちに、僕は若干戸惑いつつも、改めて東京という街のパワーを感じていた。
「ユウミ、ちょっと遅れるみたい。先に始めてて下さいとのことです」
その女子アナの一言で、僕たちは簡単に自己紹介をしあう。二人とも肌が綺麗で、独特のオーラを放っている。比較しては大変申し訳ないが、この前の女の子たちとは何かが違う。
—彼女たちも可愛かったけれど、何が違うんだろうか?
そんなことを一人冷静に観察している時だった。
「ごめんなさい、撮影がちょっと押しちゃって」
扉の前には、黒の伊達眼鏡にキャップで変装している一人の女性が立っていた。
顔もよく分からないし、身長もそこまで高くなく、亜弥のように抜群にスタイルが良いわけでもない。
でも何故だろうか。
そこだけ大輪の花が咲いたような華やかさが漂っており、僕は思わず息を飲んだ。
「あ、悠美先輩お疲れ様で〜す」
亜弥が着席を促し、幸運にも悠美は僕の目の前の席に座った。眼鏡を外した彼女はハッとするほど美しく、そして透き通るような肌に目を奪われる。
「お名前は何ていうんですか?」
聞いたことがある、少しだけ鼻にかかるその声。
テレビの向こう側にいるはずの彼女が、今目の前にいるなんて、なんだか不思議な気分だった。
「中澤です。中澤隼人です」
「じゃあ隼人さんって、呼ばせていただきますね」
大スターのはずなのに気さくで、屈託のない笑顔。何か面白いことを言おうとするものの、何も出てこない。
—そもそも、僕に笑いのセンスはないから突然面白いことなんて言えるようにはならないか。
そんなことを一人で考えていると、悠美がこちらを見て笑っている。
「何かおかしいことしてた?」
「いや、全然。何でそんな難しい顔をしてるのかなぁと思って」
ケラケラと明るく笑う悠美。もっと、遠い存在だと思っていた。もっと、手の届かない人だと思っていた。
でも、意外なほど彼女はフランクだった。
「明日の天気は、晴れかなぁと考えてて・・・」
咄嗟に僕は違うことを言ったが、これが僕たちの最初の会話らしい会話だった。
最初は、たしかにミーハー心が無かったと言えば嘘になる。
しかしこの出会いが、結果として週刊誌に追いかけられる日々の始まりだったなんて、この時の僕は思いもしていなかったんだ。
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出会った二人。しかしこれから、次の一歩はどう進むのか!?
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