「隼人、遅いよ!」
仕事が長引き、15分くらい遅れて参加することになった食事会。白金にある『オレキス』に着くと、既に弘人先輩と数名の女性が席についてシャンパンを飲んでいた。
(※こちらの店舗は、現在閉店しております。)
「遅くなってすみません」
素直に頭を下げてから顔を上げると、キラキラとした眼差しで女性陣がこちらを見ている。その視線が眩しくて、僕は思わずまた下を向く。
僕は、親が離婚したため母親に育てられた。決して、裕福な家庭出身とは言えないだろう。むしろ、幼い頃には苦労した覚えしかない。
大学も奨学金を貰って通い、常に稼ぐことに必死だった。20歳の時に起業したため、女の子と遊ぶ暇なんてなく、僕の学生時代の思い出は残念ながらPCと向き合っていたことだけだ。
だが最近になって(少し余裕が出てきたこともあるが)少しだけメディアに顔を出すようになった途端に、女性陣の態度が手のひらを返したように変わった。
それはとても顕著で、ある意味分かりやすくて僕は驚いている。
「隼人はIT業界の中でもホープだからなぁ」
「え〜そうなんですか!?すごい♡」
弘人先輩と女性陣の話を、僕は何とく聞こえていないフリをして、女性たちが優雅にシャンパンを飲む仕草を見つめる。
元々オタク気質のため、未だに女性と話すとなると少し緊張する。しかも僕と話すなら弘人先輩と話した方がきっと彼女たちも楽しいに違いない。
「隼人さん、モテそう〜!!今彼女いないんですか?」
残念ながら、いない。しかも、モテている訳でもない。
言い寄って来てくれる女の子がいても仕事が忙しすぎて全く会えず、フラれるのがいつものパターンだった。
「全然モテないよ」
「またまた。だってIT社長って絶対にモテるじゃないですか♡」
そんな会話を繰り返しながら、食事会は過ぎていき、あっという間に解散となった。
「隼人、広尾方面だよな?女の子たち、送って行ってあげて」
方向は全く逆だし僕の家は店から一番近いが、弘人先輩の指令に“もちろんです”と従い、目黒と恵比寿に住んでいる女性たちの家を経由してタクシーで帰路を目指すことになった。
そのタクシーの車内広告には、今人気の悠美という女性が出ていた。
「あ、私この子好きなんだよね〜」
「分かる〜」
そんな会話をタクシーの助手席で聞いていると、また弘人先輩からLINEが入っていた。
—今日はありがとう!ちなみに、来週水曜も空けといて。
そしてその食事会こそが、僕の人生の中で大きなターニングポイントになるのだった。
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