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  • 三茶ラブストーリー Vol.1

    三茶ラブストーリー:傷つくだけの恋ならしたくない。34歳独身男の決意が揺らぐ、三軒茶屋の夜

    地元・三軒茶屋トークが閉ざした心を開きはじめる


    心地よい疲労感に包まれた体に、白いシャツを纏わせる。結局、午後のほとんどを駅前のジムで過ごした武弘は、夕食前に着替えるために自宅へと戻っていた。

    家から歩いて行ける『板蕎麦 山灯香』にでも行こうか。そう決めて玄関へと向かったその時、ポケットの中でスマホが鳴った。大学時代のテニスサークル仲間・翔からの着信だ。


    「おい、いま表参道で女の子達と飲んでるからお前も来いよ。三茶だったら表参道まで、地下鉄で10分以内だろ。すぐ来いよな!」

    1年前の失恋を知っている翔は、ことあるごとに武弘を出会いの場に誘ってくる。その強引さが翔なりの優しさであることは理解していたが、まだ恋愛をする気になれない武弘は、気乗りがせずに翔からの誘いを断ってしまうことも多いのだった。

    だが、今日はこのまま休日を一人で過ごすのも勿体ない気もする。武弘は「おう」と短く返事をすると、駅へと向かうことにした。



    半蔵門線を降りて少し歩いたシャンパンバーへ到着すると、翔の他にもう一人学生時代の友人と、三人の女性が既に杯を交わしていた。

    「はじめましてぇ」

    グラスを軽く持ち上げながら、二人の女性が笑顔を見せる。長い巻き髪に短いスカート。ネット関連会社のディレクターとして派手なイベントを手がけることも多い武弘にとっては、見慣れたタイプの女性たちだ。

    そんな中、もう一人の女性は少々毛色が違うように見えた。

    肩につくくらいの髪は綺麗に手入れされ、意志の強そうな瞳が印象的だ。華やかなのに地に足のついた安定感がある、不思議な印象の女性だ。

    「こんばんは」

    武弘がそう話しかけると、ショートの女性はニコリともせずに「ども」と会釈を返した。

    その直後、隣席のワンピースの女性がフォローするように会話に入ってきた。

    「こんばんは。こちらの志保さんは、フリー編集者の29歳。私たちはモデルで、ファッション誌でお世話になってるんです」

    モデル女子二人が「ね〜」と微笑み合う横で、志保さんと呼ばれた女性は美味しくもなさそうにシャンパンを舐める。どうやら、どんな会かを知らされないまま連れてこられたらしい。

    ―こういうタイプの女子とは今まで縁が無かったな。

    少々興味をそそられたが、志保はこの場に馴染む気はなさそうだ。武弘は志保から一番離れた席に腰を下ろすと、空のグラスを手に取った。

    「おいタケ、三茶からなのに遅かったな!」

    すでにほろ酔いの翔が、武弘のグラスにシャンパンを注ぎながら絡んでくる。適当にあしらいながらグラスに口をつけようとした時、先ほどまで憮然としていた志保が瞳を猫のようにきらりと輝かせながら、こちらに向き直っていることに気がついた。

    「三茶に住んでるんですか?私もです」

    思いがけず志保から話しかけられた武弘は、少し戸惑いながらも返事をする。

    「そうなんだ!俺は、三宿寄りの 『ザ・パークハビオ 三軒茶屋』っていうマンションなんだ。志保ちゃんはどのへん?」

    「反対側ですね。焼き鳥の『床島』わかります?あのあたりなんですけど」

    『床島』!めちゃくちゃ美味しいよね!よく行くの?」

    思いがけずお気に入りの店の名前が聞こえてきたことで、大きな声が出てしまった。しかし、三茶の名店トークともなれば黙ってはいられない。武弘と志保は、周囲を置き去りにするのもかまわず三茶のグルメ談義に花を咲かせた。

    ぎこちなくはじまった会話だったが、三茶歴5年だという志保との話題は尽きない。地元民なら誰もが知る三角地帯の名店『赤鬼』の名前が出た時には、会話の熱気は最高潮となった。

    志保と喋りはじめて1時間ほどが過ぎたころ、皆が「二次会どうしようか」と言っている横で、志保が小声で耳打ちしてきた。

    「武弘さん、シャンパンよりも『赤鬼』で日本酒飲みましょうよ」

    突然の言葉に驚くも、武弘には断る理由がない。

    「そうだね、じゃあ、先に出ててくれる?俺もすぐ行くから」

    それだけ伝えて、志保が先に店を出る後ろ姿を見送った。

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