最後の恋 Vol.1

最後の恋:「美人じゃないのに大好きだった…」エリート外銀男がずっと忘れられない、35歳の元カノ

「……」

僕から遅れて30秒ほど、気まずい表情を浮かべた彼女がやってきた。

「悠君、ごめん。この間ちょっと家の整理したのよ」

そう言って彼女が差しだしたのは、安っぽいビニール袋に入った真っ白の歯ブラシ。明らかに旅行先のホテルから持って帰ってきたと分かる、使い捨てのものだった。

僕は黙ったままそれを受け取り、熱いシャワーを浴びた。このくらい仕方ないんだと言い聞かせ、バスルームから出ると一心不乱に歯を磨いた。

バジャマ用に置いてあったスウェットは捨てられてしまったようなので、雨で濡れたTシャツを乾燥機で乾かしてもらい、冷え切った体を毛布でくるむ。

その日初めて、彼女の家のソファで寝た。

もう一緒のベッドで、由梨子さんは僕の腕にすっぽり収まって寝ることはないのだ。そう思うと本当に泣けてきた。


翌朝―。

彼女がまだ寝ているのを確認し、僕はひっそりと家をでることにした。出る前にもう一度洗面所へ行き、冷静に洗面台を確認する。

別れる前と何ら変わりのない、ピカピカに磨き上げられた真っ白の洗面台。しかしそこからゆっくり目線を下げると、付き合っていた頃は存在さえも気づかなかった洗面台下の収納扉が、僕に何かを訴えかけているような気がした。

引き戸になっているそれを、恐る恐る開ける。

するとそこには一目で明らかに使いこまれていると分かるひげ剃りと、水色の歯ブラシが乱暴に置かれていた。

あぁ、そうか…。彼女はとっくに、僕を裏切っていたのだ。

頭にかっと血が上り、その2つをゴミ箱にぶちまけた。

家を出て、ダッシュで駅まで走る。
視界は、涙でぼんやりと滲んでいた。


その後しばらく経ったのち、共通の友人づたいに彼女が婚約したと聞いた。相手は、彼女より年上の経営者らしい。僕は乾いた声で「そうなんだ」とだけ言った。



気づけば僕も、当時の彼女と同じ35歳になった。

あのあと僕は順調にキャリアアップし、目黒の狭いワンルームから広尾の高級レジデンスに引っ越した。

地下の駐車場には、趣味で走らせるポルシェの911カレラ。家には小さいけれどワインセラーがあって、あの頃は決して飲めなかったような高級ワインが何本も眠っている。

女性関係だってそれなりに色々ある。彼女と別れてから何人かの女の子と付き合ったし、その中にはもちろん結婚まで考えた子もいた。

でもあの頃のような熱い感情は、もう湧かない。僕の心はぽっかり空いたままだ。

そして街角で彼女に似た人を見て反応してしまう度に、いつも思う。

もしかしたら由梨子さんとの恋が人生最低の…でも最後の恋だったのかもしれない、と。


▶NEXT:1月14日 月曜更新予定
男を翻弄する女・由梨子の苦悩に満ちた結婚生活とは?

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
二股かけてて、別れる時の理由を「他に好きな人ができた」じゃなくて「もっと自分をちゃんとしたくて」…たしかに嘘ではないので、上手い言い訳だけど、ずるいよねぇ~笑
2019/01/07 05:3599+返信5件
No Name
この男の人に幸あれって思ったわ。どうせならきちんと自分が悪者にならないと。ちゃんと自分に向き合って愛してくれてた人なら曖昧な理由じゃなくしっかり振らないと次に進めないのに。
2019/01/07 05:5799+返信3件
あか姐
どうして正直に他に好きな人ができた、じゃダメだったのか謎。
2019/01/07 06:1299+返信5件
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