森田実沙子:何もかもが、決められたレールの上
森田実沙子、30歳です。今、8ヶ月になる娘がいて、専業主婦をしています。
専業主婦をしている上で大変なこと…。
うーん、そうですね…でも家事代行の方も来てくださっているし、おかげさまで睡眠時間が少なくてもなんとかやれていますよ。お料理は好きですし、苦になりません。
ただ一つ。
初めて会うママさんには、あまり自分の素性を話さないように気をつけています。
それからどんなに仲良くなっても名前には“さん”を付けて呼び、敬語を貫き通すというマイルールを設けています。
もっとも、あまり冷たい印象にならないようには気をつけていますが、プライベートなことを詮索されないための自分なりの工夫なのです。
学生時代からのお友達は同じような家庭環境の子が多かったですし、私はあまり自分の意見を強く主張する方ではないので、人間関係でそう苦労はしませんでした。
でも、母になってから出会う方達には、それこそ本当に色々な方がいらっしゃいます。
私がうっかり住まいを漏らしてしまったばかりに、しつこく家に来たがる方がいたり、マンション内をスマホでパシャパシャと撮影されたり…。
丹青会で何を買ったか細かく教えて欲しいと言われこともありますし、主人のことをネットで検索していた方もいました。
やはり、少し名の知れた家に嫁ぐということは、悩みもそれなりに増えるんだなぁ、というのが正直な感想です。
嫁ぎ先の森田の家では、とにかくお義母さまが絶対的な発言権をお持ちで、お義父さまも主人も無論私も、お義母様には逆らえません。
お義母様が右といえば、左のものも右に曲がるのです。
結婚が決まった後、帝国ホテルの『レ セゾン』に呼ばれ昼食をいただいた時にも、結納金で購入するべき真珠や着物などの細かい指示を受けて、とっても驚きました。
ですがそれらはお義母さまのご気分で決められるものというわけではなく、「森田家と代々続いた病院をしっかりと守る」という信念の元、一貫していらっしゃるので、私もなんとか我慢が出来ています。
夫の昌幸は、7歳年上。
私の母が「知り合いの息子さんにね、とっても素敵な方がいらっしゃるのよ」と言って、いわゆるお見合いをして出会いました。
彼の身長は、158cmの私よりもかろうじて大きいくらい。その上でっぷりと太っていて、最近では髪の毛も薄くなっています。
ですが不思議と愛嬌があり、また大好きな両親から勧められたということもあり、彼との結婚に迷いはありませんでした。
何も不自由のない暮らしをさせて貰っている、そう思います。
結婚してすぐに子供も授かりました。娘のみなみを、夫の昌幸は目に入れても痛くないほどの可愛がり方をしています。お義父さまなど、みなみのためにと投資用のビルを一棟新たに購入されたほどです。
この先何があっても、みなみが困らないように。
お義母さまも「この子はどこに出しても恥ずかしくないレディに育てましょう」と大張り切りです。
…え?幸せそう、ですって?
もちろん私は恵まれています。娘は周囲の方々に溺愛され、私自身も何か欲しいものを我慢することはありません。
上質な空間で、結婚前よりもずっと優雅で贅沢な暮らしをしていると思います。
ですが、娘も私も、これからずっとずっと森田の家の信念に沿って、ひとつも自分の意思で自由な選択が出来ないのかと思うと。
どうしても、息が出来なくなるほど苦しく、夜中に突然頭を掻き毟りたくなる衝動に駆られてしまうのです。
…特に、あの日からでした。
中高と同じ学園に通い、同じタイミングで母となっていた佐々木エミと再会した夜。
あの夜から、私が結婚以来ずっと閉じ込めてきた、鉛のようなどろりとした感情が溢れ始めてしまったのです。
かけがえのない娘がいるというのに、私はその重苦しい鉛を、体内に押しもどすことが出来ません。
そんな私に、神様はとても意地悪な試練を与えるのですが、
それはまた、次の機会にお話しすることにします。
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この記事へのコメント
幸せに生きるには人と比べないってよく言われるけど本当難しい…