恋愛結婚、ロマンティック・ラブ・イデオロギーの妙。
大手日系企業に勤める夫・健太との出会いは、いわゆるお食事会の場だ。
当時28歳の私は、3つ年上の健太の男気ある雰囲気や、地に足がついた考え方に惹かれ、誠実で努力家で、私に対してまっすぐな好意を示してくれる彼と、すぐに恋に落ちたのだ。
女性にとって、男性から愛されていると実感出来る時ほど幸せな瞬間はないと思う。
28歳。私の周囲は、第1次結婚ブームに沸いており、健太から「俺はエミとだったら結婚、してもいいと思っている」と言われた翌日は、1日中ふわふわとした気分で過ごしたのを覚えている。
そしてお互いに結婚の意思が固まると、そこからはもうタイミングが良かったとしか言えないような、スムーズな展開だった。
群馬県の健太の実家に挨拶に行き、そのあまりの気取らなさに拍子抜けした。
母の言いつけを守り、少し茶色がかった髪を無理に黒く染めて行ったのにも関わらず、健太の実家はそう気を張るような家ではなかった。
人の良さそうなお義母さんが出迎えてくれ、私は何の障害もなくすんなりと佐々木の家に受け入れられたのだ。
ここまでの流れがあまりにも滑らかで、私はこれが運命だと信じて疑わなかった。
結婚し、妊娠・出産。
ただ、初めての出産・育児が少しだけ落ち着き、周囲の世界がほんのちょっと目に入ってくるようになってから…。
私は、この東京でまっとうに子育てをすることが、いかに大変だったのかを思い知ることになる。
子供が1歳を迎える前に職場復帰をしなくてはいけない私に対して、そんなことは選択肢にもない暮らしをしているであろう女の顔が頭の中にチラつく。森田実沙子だ。
もしあの時、私も恋愛感情に溺れるのではなく、育ちや価値観を重視して結婚を考えていたなら…?そうすれば今頃、こんな思いをしていなかったのかもしれない。
そう考えるたびに、家族への罪悪感で胸がチリチリと痛む。いくらそんな風に思っても無駄だというのも分かりきっている。
ただ、育児をしていて自然と耳にする“他の誰かの子育て”が、私と健太が娘に与えられるものよりもはるかに輝いて見えてしまう時。
私はどうしても、胸に広がる黒い感情を押しとどめることが出来ないのだ。
この記事へのコメント
幸せに生きるには人と比べないってよく言われるけど本当難しい…