「どうするの?これから」
中央区役所の駐車場。長い髪を器用にくるくるまとめ、ヘルメットにしまいながら留美子さんは尋ねた。
行き先のことか、それとも人生のことか。
どちらにしても紗綾の答えは一つだ。
「家に帰ります。夫がいつ帰ってきても迎えられるように、ちゃんと待っていないと」
「…そう。じゃあまたね」
「本当にありがとうございました」
紗綾はPRの仕事でいつもしているように、完璧な角度で美しく頭を下げた。
夫の祐也が「目を奪われたよ」と褒めてくれた仕草だ。
バイクにまたがり颯爽と去って行く留美子さんの背中を見送りながら、紗綾は中央区役所の庁舎にかかる月を見上げた。
-本当にどうしよう、これから…
夫に帰ってきて欲しいとは思う。でも、なぜ姿を消したのか聞くのが怖い。紗綾のことをこれからどうするつもりなのか、知ってしまうのが恐ろしい。
上空では、ちょうど半分に切ったような上弦の月が、冴え冴えと冷たく寂しげな光を放っている。
まるで、姿を消す前日の夫の横顔のようだった-
銀座8丁目の路地裏、雑居ビルの2階にその店はある。
店の名は「銀座Timbuktu(ティンブクトゥ)」。
アフリカのどこかの国の言葉で「世界の果て」という意味があるらしいその店は、検索しても見つけることはできない。
人生に悩み迷う人の元にある日、深い朱色に塗られた店の扉が開かれるのだ。
扉の向こうには、世界の果てから来た魔女のような、年齢不詳の女性オーナーがいる。
そしてそのオーナーに影のように寄り添い静かに店を守る美貌の青年も。
「ねえ、タカハシ」
「はい」
「とってもいい子そうだったわね、彼女」
「そうですね」
「おまけに美人だった」
「そうですね」
女性オーナーは手元でもてあそんでいたグラスのワインを一気に飲み干すと、顔を上げた。
「ちょっと調べてほしいことがあるのよ」
▶︎NEXT:12月4日 火曜更新予定
姿を消した夫は、紗綾の元へ戻るのか。そしてルミ姐が繰り広げるとんでもない解決劇とは?
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