SPECIAL TALK Vol.48

~VRによる体験がガラパゴス化した医療を変えていく~

金丸恭文氏 フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長

大阪府生まれ、鹿児島県育ち。神戸大学工学部卒業。1989年起業、代表取締役就任。規制改革推進会議議長代理、未来投資会議構成員、経済同友会副代表幹事、NIRA代表理事を務める。

VRが提供する新体験が人びとの生活を大きく変える

金丸:最初にVRヘッドセットのお話を伺いましたが、これにも様々な可能性があるのでしょうね。

杉本:面白いことにVRやMRを取り入れてから、学習や経験への理解がより深まったように思います。たとえば、地図で見るよりも実際に足を運んだほうが、その街のことがよくわかりますよね。同じように、患者さんは自分の病気について平面的な臓器の画像で説明されるよりも、立体的な画像を見ながらのほうが、よく理解できるんです。さらにVRを活用すれば、本来は不可能な体験も可能になる。私は脳梗塞を起こした知人に、発症当時の脳の内部の3D映像を見せながら説明したことがあります。ゴーグル着けてもらうと、目の前に張り巡らされた血管が広がり、まるで脳の中を歩き回るような感覚で、「ここの血管が詰まったんだよ」と。

金丸:ありありとわかるわけですね。

杉本:2Dは単なる「情報」でしかありませんが、3Dは「体験」を伴います。そして体験は、深い理解につながるんです。

金丸:なるほど。

杉本:それから患者さんだけでなく、外科医の技術向上にも役立っています。

金丸:どのように活用しているのですか?

杉本:若手医師のトレーニングに使っています。どういうものかというと、まず本人のアバター(分身)をCGで作り、そこに先輩ドクターの熟練した手の動きのデータを流し込みます。すると、先輩の技術力を持った自分ができあがる。そして自分のアバターの動きを見て学ぶと、面白いことに、先輩の動きを直接見て学ぶよりもはるかに上達が速いんです。

金丸:面白いですね!

杉本:自分が動いている姿を見て真似するほうが、感覚が掴みやすく、上達が促されるようで。これもやってみて、初めてわかりました。

金丸:受け入れ度合いが違うんでしょうね。あとは、どんな現場で活用が進んでいるのですか?

杉本:妊婦さんのお腹のなかにいる赤ちゃんを透けて見えるようにする研究を進めています。この技術を使うと、赤ちゃんが生まれる前に、お母さん、赤ちゃん、そしてお父さんの3人がそろった家族写真が撮れるんです。生まれる前から家族の記録が始まるって、すごくないですか。

金丸:特に父親は実感がわかないから、自分はこれから父親になるんだと自覚できますね。

杉本:実際に妊婦さんに試してもらったところ、赤ちゃんにさらに愛着がわいたという声をたくさんいただきました。こうした体験が、出産を終えたあとのお母さんの子どもへの愛着障害の解消や、抑うつの改善につながることを期待しています。

金丸:ところで、杉本さんが先進的な取り組みを始めたとき、同じ病院の方々はともかく、ほかの医師たちから反発はありませんでしたか?

杉本:今まで大変な思いをしてきた医学界の重鎮の方々から、たくさんのご意見をいただきました。中には「技術に頼って、体内の構造を覚えようとしなくなるのでは」と心配する声もありました。

金丸:「腕が落ちてしまう」という人もいたでしょう。

杉本:そうですね。しかし、人間は既存のテクノロジーを使ううちに、テクノロジー以上に進化します。そして今度は、人間を追い越すようにテクノロジーが進化する。その繰り返しが人間の歴史です。つまり、新しい技術が生まれ効率化が進むと、人間は「楽になった分、今度は何をしよう?」と次のイノベーションに向けて考えることができる。

金丸:ところが、思考停止に陥ってしまうと、「楽をするな」とネガティブに捉える。

杉本:自分たちが積み上げたものが否定されてしまう、別のものに置き換わってしまうという恐怖心があるからでしょうね。

金丸:しかし、これまでガラパゴスだった医療に新しい技術が持ち込まれた以上、技術の進化を止めることはできません。

杉本:この流れは、もう変えられないと思います。最近では放射線科の医師たちが、必死にAIの勉強をしていますよ。自分の仕事がAIに置き換わるのが必然だとわかったからです。学会でも「今後はAIを活用していかなければ」という風潮ができあがりつつあります。

現場を知っていることが、社会を変える起業につながる

金丸:私は日本にもっと起業する人が増えるべきだと考えているのですが、杉本さんはどうお考えですか?

杉本:医療の分野でも起業するドクターは年々増えていて、ヘルスケアやメディカル系のベンチャーを見ると、医師がCEOやCOOを務めていることも珍しくありません。

金丸:それはいい傾向ですね。

杉本:私もそう思います。ただ、多くの方が個人的価値で起業しているのが気になります。それはそれでいいのですが、そのビジネスで追い求める社会的価値は何か、その価値は世の中で本当に必要とされているのか、今は求められていなくてもいずれは求められるものなのか。そんな目線を持っていないと、続けていくのはなかなか厳しいのではないでしょうか。

金丸:社会に求められなければ、ビジネスとして成り立ちません。

杉本:医学生の中にも起業したいという人が多いのですが、やはり「なぜ起業したいのか」という問いに、きちんと答えられない。ここが惜しいところです。それに起業して成功するには、事業内容に普遍性が必要です。経験がないまま起業してしまうと、普遍性があるのかどうかの判断もつきません。

金丸:普遍性というのは、つまりはニーズですよね。

杉本:私は起業家ですし、最近では講演の機会も増えていますが、何よりも大事にしているのは、現場主義です。常に現場と接点を持ち、自分たちが生み出した技術を使って手術も行っています。だから現場で何が求められているのか、さらに医療を進化させるには、どんな技術が必要なのかを身をもって知っています。

金丸:杉本さんのイノベーションの源泉は、徹底した現場主義にあるんですね。

杉本:それから、社会の中にも医療をもっと身近にしていきたいですね。

金丸:医療は決して聖域ではないと。

杉本:今や医療とヘルスケアに境界はないし、ヘルスケアと生活にも境界はありません。すべてつながっています。ということは、医療もみなさんの生活に根付いているんです。私はよく医師に言っているんですが、医者は病院に来る患者を待つのではなく、どんどん病院の外に出るべきだし、外の人もどんどん医療分野に入ってきてほしい。テクノロジー、デバイス、サービスも含めて医療の知識や技術に触れる機会を増やしていき、みんながもっと医療を身近に感じられるようにしたい。そうして社会全体で医療を担っていければいいなと思っています。

金丸:社会が医療を担っていく。未来の医療について、希望にあふれた貴重なお話をたくさん伺い、私も大いに刺激されました。本当にありがとうございました。

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