ノリオとジュリエット Vol.9

金より愛。京都・老舗和菓子屋のご令嬢が、愛する庶民男のためにすべてを捨てた夜

ゲーム機器メーカーの京都本社に勤める一ツ橋紀夫(ひとつばし・のりお)は正真正銘の庶民。

“普通”で平凡な日々を送る紀夫が出会った美女・萬田樹里(まんだ・じゅり)は、なんと全国に名を轟かせる老舗和菓子屋のひとり娘。

距離を縮めていくふたりだが、偶然にも紀夫が3年前に別れた元カノ・一二三薫と再会。すると薫は紀夫に「樹里はやめた方がいい」と忠告し、「私とやり直そう」などと言いだす

そんな中、一泊旅行に出かけた紀夫と樹里を悲劇が襲う。なんと、樹里の許嫁・貴志にすべて知られてしまっていたのだ。

さらに貴志は紀夫の家にやってきて、「手切れ金500万で樹里と別れてほしい」と迫るのだった。


−何だったんだ?今のは…。

自室に戻った紀夫は、クーラーのスイッチを入れるのも忘れてただ呆然と立ち尽くした。

「500万円で、樹里と縁を切ってほしい」

つい先ほど、樹里の婚約者だと名乗る男は確かにそう言った。

まさか自分の、平凡で普通な人生に、こんな場面がやってくるとは思いもしなかった。

こんな時、他の男ならば「バカにしやがって」とか「ふざけんな!」とか怒りをぶつけるものだろうか?

しかしながら紀夫はあまりに突然で想定外すぎる出来事に、ただただ困惑した。

そして紀夫の口から出たのは「すみませんでした」という詫びのセリフだった。もちろん、500万円も受け取っていない。

情けないと思われてしまうかもしれない。しかし樹里の婚約者・百瀬貴志の、一切物怖じしない堂々とした振る舞いが自然と紀夫にそうさせた。

そもそも樹里との間にどれだけの絆があろうとも、百瀬が樹里の婚約者であるという事実が変わらぬ以上、現段階で紀夫は間男の立場でしかない。

去るべきは自分の方だという冷静な判断ができてしまったのは、元来争うことが嫌いな奈良県民の性質だろうか。

閉め切られていた部屋は、サウナのように暑い。

汗が背中を不愉快に流れるのを感じ、紀夫はようやく苛立ちを覚えた。

…こんな思いをするのは、もうたくさんだ。

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