2018.08.06
続・二子玉川の妻たちは Vol.1
マリは元々、銀座の高級マンションにて東京で人気ナンバーワンのポーセラーツサロンLuxeを主宰していた。そして結婚6年目、待望の第一子を授かり、子育てのしやすい二子玉川へと移り住む。
空前のお稽古ブームであった当時、二子玉川には有象無象のサロネーゼがひしめいていたが、名実ともにサロネーゼ界のトップに君臨するマリは、タワマン最上階から高みの見物。
しかしその中でたった一人だけ、マリの存在を脅かす女がいたのである。
永井由美。
由美のことを思い出すと、マリは懐かしさとともに、もはや細胞レベルで染みついた戦闘本能が疼き、今でもソワソワとした気持ちになる。
彼女が転写シート(ポーセラーツの材料となるシールのようなもの)のデザイン模倣をしたことが原因でふたりは火花を散らし、結果としてマリがサロンをクローズするきっかけにもなった女だ。
とはいえ別に、マリが由美に負けたというわけではない。
可愛い盛りの子どもとの時間を確保したいという気持ち。それから…サロネーゼが持て囃される時代の終焉が近いことを、マリはいち早く察知していたのだ。
そして実際、マリの不在によりトップの座を勝ち取った由美も、お稽古ブームが下火になるとともにポーセラーツサロンBrilliantを縮小したと風の噂で聞いた。
そして由美は現在、まったく別のキャリアを築いているらしい。…彼女もつくづく、“ただの主婦”でいられない女である。
マリのことに話を戻そう。
サロンをクローズした後、マリは幼稚園に通い始めた我が子に作るデコレーション弁当に夢中となり、なんと“デコ弁アーティスト”へと華麗なる変貌を遂げた。
もともと凝り性な上に手先も器用、何事も突き詰めずにはいられない性格が奏功し「真似したい!愛情たっぷりデコレーション弁当」という本を出版するまでに知名度を上げたのだが、悲しいかな、ブームは常に移り変わるもの。
“デコ弁アーティスト”としてイベントやトークショーに登壇するなど彼女が華やかな扱いを受けたのは、ほんの一瞬の出来事であった。
四ツ谷で開業医を営む夫と、可愛いひとり娘。夫は何不自由ない暮らしを与えてくれるばかりか、マリを心から愛し尊重してくれる人格者でもある。
子育てをしながら仕事ができているのも、夫がほぼ住み込みのシッターを手配してくれたおかげなのだ。
さらには“デコ弁アーティスト”としての活動に翳りが見えはじめたころ、元気をなくしたマリに夫は「忙しいマリに、神様が休息を与えてくれたんだよ」などと声をかけてくれもした。
しかし常に憧れられ、羨まれる人生を当然のごとく享受してきたマリは、「何者でもない自分」を受け入れることができない。
何か、自分にできることはないだろうか。
欲を言えば30代も半ばとなった今、「サロネーゼ」などという軽い響きのものではなく、もう少し社会的信用を得られるような肩書きが欲しい。
都内の有名女子校から慶應文学部に進学。卒業後は外資系航空会社に就職して華々しい20代を謳歌した末、開業医の妻となった。
そんなマリの容姿、育ちの良さ、学歴・経歴、上質なネットワーク、財力…それらすべてを活かせるような面白いビジネスはないものか。
そうやってマリはずっと、次なる金脈を貪欲に、したたかに探していたのだ。
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