「僕はエンジニアなんだけど。美咲ちゃん、お仕事は?」
「イベント系の会社で働いています。現場に出て、舞台を組み立てたりもするんですよ〜」
「え〜!そんな細腕で?すごいね」
マサシの驚いたような顔がとても素直な反応で、私は思わず笑ってしまった。
以前は、仕事は遊び程度でしかなかった。でも今は違う。
汗水流して働いても、啓介が与えてくれたような生活は到底できない。でも、今の私は目の前の仕事があることに感謝し、全力で取り組むと決めたのだ。
だって、これが今の私だから。
今の私の生きる道は、仕事でしかないから。
自分が30歳になった時、こんなにも髪を振り乱して生きるために必死に働いているなんて、全く想像していなかった。
クリスタル色に輝く高級シャンパンに予約の取れないお店。毎月増える新作バッグの数々。
贅沢な生活と、それを与えてくれる男性への執着心を捨てるのに、私は丸3年かかった。
「仕事を一生懸命頑張ってる女性って、素敵だよね」
いかにも慣れてない感じで、照れくさそうに言うマサシの穏やかな笑顔に、私は心が少しだけ温かくなるのを感じた。
店を出て、私は再び西麻布の交差点を目指す。
金曜23時の交差点は相かわらず様々な人たちが行き交っており、私は大きく深呼吸をする。
私は一体、何が欲しかったのだろうか。何を手に入れたくて、必死に自分を鼓舞してきたのだろうか。
良い暮らしを手に入れたかったから?
隣のあの子が持っていた、良い鞄を持ちたいから?
私が本当に欲しかったのは、そんなものではなかったのかもしれない。
この東京で、誰でもない“自分”になれること。
誰かに認められたくて、何もない自分が不安で、リッチな彼氏を手に入れたり、良い鞄を持って誇示している友人に嫉妬したりしていた。
でも、そんなものに全く意味はない。
結局、幸せの正解は自分の中にしかなくて、他人から与えられたものでは幸せになれないのだ。
—マサシ:美咲ちゃん、良ければ今度お食事でもどう?三軒茶屋の方に美味しい焼き鳥屋があって。
携帯に入ったマサシからのLINEを、私は笑顔で“いいですね”と返信を打った。
きっと、前の私だったらこんな近くにある幸せすら気がついていなかった。人を、成功しているかどうかのモノサシでしか見ていなかったから。
でも必死に自分の足で頑張った先にしか見ることのできない、特別な世界がある。
そしてその世界を知っている人たちは、優しくて、強い。
私はようやく大切なことが分かった気がして、笑顔で西麻布の交差点を後にした。
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落ちぶれた港区女子の最悪のパターンとは
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この記事へのコメント
贅沢な生活レベルを落とすってすごく大変なのにそこで卑屈にならずに全力でいられるその人間性だけで十分幸せになる能力あると思う
そしてその世界を知っている人たちは、優しくて、強い。」
朝から元気貰いました!ほんとこれ。
マサルさんと上手くいくといいですね♡美咲さん!!