−なぜ今、思い出すのだろう?
若く、それゆえ傲慢だった同級生・相沢里奈の、目を声を、ぬくもりを。
あの頃の僕らは未完成で、足りない何かを探しては傷つき、欲することに夢中だった。
だから気づかずにいたんだ。ずっとそばにあった、かけがえのないものに。
持ち前の器用さと明るい性格で、比較的イージーに人生の駒を進めていく一条廉(いちじょう・れん)。
しかし東京は、平穏な幸せを簡単に許してくれない。
運命の悪戯が、二人の男女の人生を交差させる。これは、“男サイド”を描いたストーリー。
はっきり言って、里奈は僕のタイプじゃない。
入学してすぐ彼女の顔と名を覚えたのは、語学のクラスが一緒で、しかも出席番号まで前後という縁があったからだ。
「一条廉くん、だよね?」
里奈と初めて言葉を交わした時のことは、なぜだか鮮明に覚えている。
あれは、学内でも華やかな男女が集まるゴルフサークルの新歓コンパだった。(当時、渋谷のクラブを貸し切りで開催された)
しかしそのとき里奈と何を話したのか、話さなかったのか、さっぱり覚えていない。
なぜなら僕はその時、目の前で愛らしく微笑む“結衣ちゃん”に夢中だったからだ。
里奈も目鼻立ちのくっきりした美人だが、僕はどちらかというと童顔(+胸が大きければなお良い)を好む。
「なぁ結衣ちゃん、連絡先聞いていい?」
不意に関西弁で話す男の声がして、慌てた。
僕が里奈と社交辞令を交わしている間に、まだ垢抜けない、しかし妙に自信に溢れた男が結衣に直球アプローチしているではないか。
そのシーンに、俄然燃えた。
「結衣ちゃん、俺にも教えて。ってゆーか、今度ドライブしようよ」
僕の家は自由が丘にある。
両親は仕事の都合で海外におり、年の離れた姉はすでに結婚していて家にいない。一軒家も親が置いていったメルセデスも、自由に使える身なのだ。
強引に割り込んだ僕の耳に、関西男のチッと舌打つ音が聞こえたが、気にしない。
欲しいものを手に入れるのに、使えるものを使って何が悪い?
「え、嬉しい♡行きたい!」
満面の笑みを返す結衣から連絡先を聞き出していたら、気づけば里奈の姿は見えなくなっていた。
この記事へのコメント
爽やかで明るい学年の人気者って里奈は書いてたけど、廉側の読むと意外とギラついてるし、彼女いるのにふわふわ里奈に心揺れたりとどんな人なんだろう?もっと魅力的な人物だと読み応えさらにあるのにな。