相変わらず、港区での社交に忙しかったのだろう。
3年生になると里奈とキャンパスで顔を合わせる機会はほとんどなくなっていたが、就職活動が始まると、某総合商社の説明会でスーツ姿の里奈を見かけた。
彼女が商社を目指すなんて、意外だった。
といっても、里奈には就職活動自体が似合わないのだが。
目で追っていたら彼女も僕に気がつき、少し照れた様子で小走りに駆け寄ってきた。
黒く染めた髪をおとなしくまとめ、地味なスーツに薄化粧。
本性はまるで違う癖に“一流大学で学ぶ、真面目で優秀な女子大生”を完璧に演じている里奈が可笑しくて、僕は思わずぷっと吹き出す。
「やっぱ、似合ってないよね(笑)」
「うん。マジで似合わねー」
自虐を言う里奈に言葉ではそう返したが、本心ではない。
低いヒールのせいで、彼女は自然と僕を見上げる姿勢になる。派手な化粧やアクセサリーで武装していない里奈は新鮮で、意外にぐっとくる。
「ま、一緒に頑張ろうぜ」
誤魔化すようにして里奈の肩を叩くと、彼女の柔らかさと脆さが、手のひらに残った。
そうして僕らは、頻繁に連絡を取るようになった。
彼女は何の前触れもなく気まぐれに電話をよこすのだけれど、それが大体いつも「あいつ、どうしてるかな」などと頭に思い浮かべた時だったりする。
そう、里奈と僕はいつも、お互いを欲するタイミングが一緒だった。
選考が進むにつれ、僕と里奈の関係はますます密となった。
里奈は基本的に頼りないが、意外にも読書家らしくボキャブラリーが豊富。言葉を操るのがうまいので、彼女のアドバイスは僕にとって非常に有益だったりもしたのだ。
そんな、ある夜のことだ。
面接対策を一緒にしようという話の流れで、里奈が家に来たのは。
カレーか何かをテイクアウトして来てくれたのでリビングで一緒に食事をし、チューハイを開けながらああでもない、こうでもないと議論を重ねる。
そのうちに里奈が眠くなってきたと大きなあくびをし、「何か楽な服貸して」とワガママを言う。仕方がないので部屋から引っ張り出してきたTシャツと短パンを「ほら」と放り投げた。
「あっち向いてて」と言われるがままに彼女に背を向けると、すぐに後ろでファスナーを下ろす音や衣摺れの音がする。
ほんの1〜2分が、果てしなく長い。イライラとも、モヤモヤとも説明のつかぬ感情が身体中を駆け巡る。
「はーい、お待たせ」
歌うような声がして振り返る。なぜか、喉がカラッカラに乾いている。
里奈は脱いだ服を手早く丸めてバッグの裏に隠したが、その中にブラジャーの紐?らしきものが垂れ下がっているのがちらりと見えた。
もしかしてTシャツの下は、何もつけていないのか?
僕は動揺を隠すように立ち上がり、チューハイの缶を捨てるフリをしてキッチンに逃げ込んだ。
しかし里奈はそんな僕などお構いなし。さっさとソファに横たわると、すぐに寝息を立て始めている。
里奈じゃなかったら、と思わずにいられない。そうすれば後先考えず、欲望のままこの苛立ちをぶつけられるのに。
結局、僕だけは朝まで寝られなかった。
こんなこと...なぜ今、思い出すのだろう?
その後、希望どおりに第一志望の総合商社から内定を獲得した僕は、それまで以上に人生を謳歌した。
手っ取り早く欲望を満たすことに忙しかったから、思い通りにならぬことに、わざわざ意識を向ける必要がなかったのかもしれない。
欲しさえすればモノも女もだいたい手に入った、あの頃は。
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この記事へのコメント
爽やかで明るい学年の人気者って里奈は書いてたけど、廉側の読むと意外とギラついてるし、彼女いるのにふわふわ里奈に心揺れたりとどんな人なんだろう?もっと魅力的な人物だと読み応えさらにあるのにな。