2018.03.04
京都ちゃん Vol.1とある美女の噂
「凛子、式場はもう決まったん?」
四条烏丸の隠れ家フレンチ『ラ ファミーユ モリナガ』で、繊細で美しい料理に舌鼓を打つ。
凛子の目前に座るのは、幼稚園からの幼馴染・西園寺ゆりえ。
幼稚園から大学までをずっと一緒に過ごした、もはや家族同然の存在だ。
何の遠慮も詮索もないさっぱりとしたゆりえの口調に、凛子も気兼ねなく本音を漏らす。
「決まったゆうか…知らん間に決まってたわ」
半ば投げやりに言い放つと、ゆりえは「ああ」とだけ答える。
その言い方は息を吐くような自然さで、しかしそこには共感と諦めが滲んでいた。
「まあ、そうやろなぁ…うちと同じ。うちも、有無を言わさずオークラやったわ」
ぽってりとした唇を尖らせ、ため息交じりにそう言いながら、ゆりえは「オークラで挙げさせてもらえるのは、有難いことなんやけどね」と付け加える。
ゆりえは老舗料亭の娘で、昨年、とあるお寺へと嫁いだ。
そのことはつまり、今後お寺の各種行事で必要になる仕出し弁当は、すべてゆりえの実家が担当することを意味する。両家にとって意味のある婚姻、言ってみれば政略結婚のようなものである。
「私たちは幸せ…なんよね」
ゆりえの言葉を追いかけるようにして、凛子も続ける。
そうしてふたりは、暗黙の了解で話題を変えた。
式場もドレスも指輪も、何一つ自分で決めることができなくとも、ゆりえも凛子も、一生苦労しない人生が保障されている。
働かずして、こうして平日の真昼間に高級フレンチを楽しむことも、高島屋でいち早くシャネルの新作を購入することも、すべては生まれた家のおかげ。
広がる一方の格差社会において、良家に生まれ育つことほどの幸運がこの世にあるだろうか。
どれだけ窮屈であろうと、その恵まれた境遇を自ら捨てるなどという発想は、凛子にもゆりえにも、微塵もない。
京おんなの人生は、こういうもの。
私たちは、十分に幸せ。
そう言い聞かせて生きてきたのだ。今までも、これからも。
「そうや。そういえば凛子、桜子さんの話って聞いた?」
思い出したように、ゆりえがある女性の名を話題にした。
南條桜子。
桜子は、ノートルダムの1つ上の先輩で、凛子の前年に斎王代を務めている。
すらりと背が高く、気高さと華を兼ね備えた美貌の持ち主で、学校一の美女と名高かった女性だ。
彼女の実家は、老舗と呼ぶにはまだ年が浅いものの成功を収めている呉服店で、桜子の兄が現在3代目を務めている。
「桜子さんの話…?確か、京都でも有数の地主のお家に嫁ぐんやなかった?」
凛子が風の噂で聞いた話を答えると、ゆりえは曖昧に頷く。
が、やはり我慢できないと思ったのか、左右に首を振って人の気配がないことを確認する。
「そう…なんやけど。これ、ここだけの秘密やよ」
そう前置きをすると、ゆりえは声を潜めて凛子に囁いた。
「桜子さん、婚約破棄するかもしれんらしい」
「えっ…!?」
婚約破棄。
その言葉は、凛子の心に衝撃をもたらすとともに、どういうわけか微かな光をも運んだのだった。
▶NEXT:3月11日 日曜更新予定
憧れの先輩、南條桜子。婚約破棄の噂は、本当なのか?
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この記事で紹介したお店
ラ ファミーユ モリナガ
好いても惚れぬと言われる京都人は屈指の嫌われっぷりですから、コメント欄の炎上が楽しみです^_^
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