窮屈な結婚
「『ブライトンホテル』は由緒があるし、京都御所の隣やしね。ソロプチミストの定例会でいつもお世話になりよるし、色々融通もきくやろ」
義母・薫の視線は、かろうじて凛子を一瞥したものの、すでに愛息子・拓真(32歳)に向けられている。
そして拓真はというと、母の過干渉…いや、助言を、心底ありがたく思っているようだった。
「ほんまに色々ありがとう。母さんのおかげで、指輪もいいのんができそうや」
そう、婚約指輪も結婚指輪も、凛子の知らぬ間に、義母が懇意にしているジュエラーでオーダーするものと決まっていた。
ティファニーも、カルティエも、ハリーウィンストンも。ぜんぶ夢に消えた。
凛子は誰にも気づかれぬよう小さく息を吐くと、肉厚のアワビを口に運び、その食感に集中するのだった。
思い起こせば、凛子の人生はあの日が頂点だったかもしれない。
一昨年の5月、葵祭。
凛子はこの、言わずと知れた京都三大祭の1つ、葵祭の主役である“斎王代”に選ばれた。
葵祭は平安時代から、最も重要な祭祀として執り行われ、朝廷文化を色濃く残している。
平安貴族の姿を再現し、大行列で御所から下鴨神社を経由、上賀茂神社まで約8kmの道のりを練り歩く。総勢約500名と牛馬40頭、牛車2台とともに色艶やかな装いで連なる姿はまるで平安絵巻のようである。
そしてその中心で、唐衣裳装束(からぎぬもしょうぞく)を着用し、白塗り・お歯黒で輿に乗るのが、葵祭の主役、斎王代である。
“選ばれた”といっても、当然のごとく一般公募や抽選などではない。
斎王代を務めるには、関係各所へのご挨拶と称して、巷では数千万円とも噂される莫大な資金が必要となる。
そのため、京都ゆかりの寺社、文化人、実業家の令嬢から推薦で選ばれるのが慣習だ。
凛子の場合はというと、母親とともに幼い頃から懇意にしている茶道の家元が推薦してくれたという経緯があった。
「斎王代になって箔をつけて、いい家に嫁ぐ。京おんなとして、それ以上幸せなことはないんよ」
金属部品メーカーの長女として生まれ、自身も斎王代を務めたのちに老舗和菓子屋に嫁いだ母は、凛子の目から見ても何不自由なく幸せな人生に違いなかった。
「凛ちゃん、ほんまに綺麗。よう似合うとる」
まさに、豪華絢爛。艶やかな装束に身を包んだ凛子に、母は「ほんまに綺麗」を何度も何度も繰り返し、大げさなまでに涙ぐんだ。
生まれ持った品の良さと、透き通るような白肌。控えめに輝く黒目がちの瞳に、艶々の長い髪。
葵祭の主役を飾った凛子は、引け目なしに美しかった。
一躍有名人となった凛子のもとには、京都ゆかりの名家から数多くの縁談が舞い込む。
何もかもが、予定調和。
このまま母のように何不自由なく生きていくのだと、上流階級で暮らす一生の幸福が約束されたのだと、そう信じていた…はずだったのに。
この記事へのコメント
好いても惚れぬと言われる京都人は屈指の嫌われっぷりですから、コメント欄の炎上が楽しみです^_^
きっと同居だろうし、旦那は義母の言いなりだろうし。
これから、嫁姑のバトルが始まるね。