はじまりの出来事
始まりは、5年前の夏だった。
その当時私には付き合って間もない別の彼がいたのだけれど、あまりに度を超えた束縛にうんざりしていて、終わりにするタイミングを見計らっているような状態だった。
私が珍しく、いつもは断る百合さんの誘いに乗ったのは、そんな経緯があったからだ。
「ねぇ美和子、お願いがあるんだけど…」
夕刻、定例会議を終えて席に戻ると、百合さんが両手を合わせるようなポーズで声をかけてきた。それだけでもう、私は要件を察知する。
百合さんと私は、同じ化粧品会社のPRとして働いている。4歳年上の彼女は既に結婚しているのだけれど、とにかくお食事会の幹事が大好きなのだ。
「だって、独身の男友達からどうしてもって頼まれるのよ」などと仕方ない風を装っているが、確実に自分が楽しんでいるに違いない。
「…誰かにドタキャンされたんですか?」
先回りして私が聞いてあげると、百合さんは話が早いとばかりに畳み掛ける。
「そう!美和子が来てくれたら3-3になるのよ。そもそも私は既婚でカウント外なのに3-2はさすがに申し訳ないじゃない?彼氏いるの知ってるけど、今日だけ。ね、お願い」
誰かの急なドタキャンで3-2になってしまおうが、百合さんが責任を取る義務などないだろうに、彼女は変に真面目(?)で、一生懸命に誘ってくる。
しかし私は、そういう彼女が嫌いじゃない。
「いいですよ、今日暇だし。彼がいる時はお食事会の類は行かないって決めてるんですけど、今の彼とは…もう別れようかなって思ってるところだから」
「え?そうなの!?」
私の言葉を聞くと、百合さんは水を得た魚のごとく急に生き生きとし始めた。
「実はね、今日来る中に確か美和子と同い年の男の子がいるの。その子、美和子に合う気がする」
「…そうなんですか」
百合さんは勝手に盛り上がっていたけれど、正直なところ私は出会いなんて期待していなかった。
束縛男とのやりとりで鬱屈とした気分を晴らしたい。その程度の気持ちしかなかった。
その証拠に、私は待ち合わせの店『イマサラ』の入り口でようやく化粧直しすらしていないことに気がつき、鏡も見ずに慌ててグロスだけ塗ったのだ。※『イマサラ』は現在閉店しております。
「美和子ちゃんは、最近いつ笑った?」
皆が何か別の話題で盛り上がっている中、こっそりと話しかけてきたのが、健太だった。実は出会った瞬間に私は直感で、百合さんが言っていたのはこの彼のことだとわかった。
一目惚れとは違うけれど(健太はそこまでの美男ではない)、彼と目があった時、私の心にふわりと柔らかな感情が流れたから。
「え?」
まっすぐな瞳で唐突にそんな質問をされ、作り笑顔を見透かされてしまったのかとドキッとする。
私は食事会というものに行き慣れていないし、もともと初対面の人に壁を作ってしまう性格で、自分から話題を振りまくタイプではない。
百合さんと、彼女の大学同期だという幹事の男性を中心に場は盛り上がっていたから、私は適当に相槌を打ちながら、なんとなく時間が過ぎるのを待っていたのだ。
その様子を、見られていたのだろうか?
「…昨夜、缶ビール飲みながらアメトーク見て大笑いしたけど」
なんとなく気まずくて、私はわざと素っ気なく、色気のない回答をした。
それは今思えば、私の心の隙に入り込もうとする彼への、小さな抵抗だったかもしれない。
この記事へのコメント
このままじゃ、多分駄目になる。
気になります。
家族になっちゃうと、兄妹とか親子みたいな感じで
尚且つ、生活感満載のベッドでやる気もしなくなかなる。
永遠の課題かも。