SPECIAL TALK Vol.34

~最先端医療とともに既存のルールを破り続け、難病患者の希望になりたい~

「普通の勤務医」から「医療の最先端」に

金丸:京大医学部では、どんな学生生活を送られたのですか? 音楽? それとも勉強一筋?

高橋:いいえ、今度はテニスです。

金丸:それまでツェッペリンだったのに(笑)。

高橋:もう悪いのもしんどいし、やめようと思って。またいい人になろうって。それに、当時テニスがものすごい流行ってて、キャピキャピした大学生活にもちょっと憧れがあったので(笑)。

金丸:大学では青春を求めたんですね(笑)。

高橋:テニスはめちゃくちゃ一生懸命やりましたよ。泥臭いんですよ、大学のテニス部って。そんな華麗なもんじゃない。ここで根性がついたかなって思います。

金丸:でも医学部だと、勉強も大変だったでしょう?

高橋:それが、授業では学生によく「そんなに勉強しなくても大丈夫よ」と言ってます。

金丸:じゃあ、あまり勉強はしなかった?

高橋:昼まで寝て、『笑っていいとも』を見て、それからテニスコート行って、という生活だったから…。

金丸:意外です。ところで、医学部の中で眼科を選ばれたのはなぜですか?

高橋:家庭と両立できそうだということで、眼科と皮膚科と放射線科でずっと悩んでいたんですが、眼科は手術があること、そして目が非常にきれいな臓器だということが大きかったですね。

金丸:手術があるほうがよかったんですか?

高橋:はい。自分の手で直接治療ができますから。

金丸:目がきれいな臓器というのは?

高橋:目というのは、光を通すために透明で、まったく濁りがないんです。そんな臓器は体中で目しかない。手術は顕微鏡で見ながらするんですけど、目の下の網膜は、健康だとオレンジ色でピカピカしています。すごいきれいですよ。魅入られるくらいに。

金丸:そうなんですね。

高橋:それに、目を透明に保つための仕組みも芸術的で、本当に面白い臓器なんです。血管があり神経があり免疫機構もあって、ありとあらゆる要素が詰まっている。〝小宇宙〞とも呼ばれています。

金丸:そこからさらに網膜に傾倒していくわけですね。

高橋:そうですね。網膜は人間にとって非常に重要だし、複雑で美しい組織です。それに京大病院の眼科が、歴史的に網膜の治療が得意だったことも大きいです。世界で初めて未熟児網膜症の光凝固治療を行ったのは京大だし、アジア初の網膜剥離の手術もしています。

金丸:だけど、普通の眼科医として働いていた高橋さんが、どうして網膜再生の最先端に立つことになったんですか?

高橋:きっかけは、1995年にアメリカのサンディエゴにあるソーク研究所に留学したことですね。

金丸:どんな研究所なんですか?

高橋:ポリオのワクチンを開発したジョナス・ソークという方が、私財を投じてつくった生物医学系の研究所です。規模としては小さいのですが、密度の濃い研究所で、ノーベル賞受賞者を何人も輩出しています。

金丸:じゃあ、最先端の研究にふれるために留学されたと。

高橋:それが、夫の留学についていったというのが、正直なところで…。

金丸:あれ? いつの間に結婚を(笑)。

高橋:大学を卒業してすぐ。夫は同じ医学部の同級生で、クラブも同じテニス部で。

金丸:テニス部で旦那さんを。高橋さん、ちゃんと青春したんですね(笑)。

イノベーションを起こしながら家庭と研究を両立させるコツ

高橋:留学した当時は、ちょうど幹細胞という新しい概念ができ始めた頃で、私もソーク研究所で初めて神経幹細胞を見たんです。そのとき、これで網膜の治療ができると思いました。

金丸:網膜の治療に使えると?

高橋:はい。それまで網膜は再生不可能と考えられていましたが、幹細胞から網膜の細胞を作ることができれば、大勢の患者さんたちを治せるかもしれないって。でも周りは脳研究者ばかりだったから、網膜にはまったく興味がなくて。

金丸:専門分野が違うと、見方も異なるんですね。

高橋:そうですね。私は夫が脳神経外科医だったから、たまたま脳神経研究の領域を覗けたし、神経幹細胞に出合うことができた。

金丸:イノベーションは異分野の融合で起こるといわれますが、まさにそういう状況だったと。その後、ES細胞(胚性幹細胞)の研究をされています。

高橋:亡くなられた笹井芳樹先生との共同研究で、2005年にヒトのES細胞から網膜細胞を作ることに、世界で初めて成功しました。

金丸:そこから研究が一気に進んで、2014年にはiPS細胞を使って、世界初となる臨床手術を成功させたんですよね。

高橋:手術が無事に成功したこと、それを良質な論文として発表できたことは、ただただ嬉しいです。でもまだ治療と呼べる段階ではないので、患者さんを救うためには、もっともっと研究が必要です。

金丸:2番手がいいなんておっしゃっていたけど、全然そんなことないじゃないですか(笑)。

高橋:大学の同級生からは、「なんでそんなふうになっちゃったの?」と言われてます。大学の頃は、いずれ八千草薫さんのようになりたいと思っていて、みんなも納得してたんですよ。「高橋さんならなれるよー」って。でも今は、誰も賛同してくれない(笑)。

金丸:八千草さんとは方向性が違いますけど、今の高橋さんも素敵ですよ。

高橋:ありがとうございます。年を取るごとに過激になってきてて、自分でもちょっと怖いんですが、でも新しいことに挑戦しながら、どんどんフェーズが変わっていくのをみるのは、面白いですよね。退屈しない。

金丸:高橋さんは最先端の研究をしながら、娘さんを二人も育てて、すごいですよ。何かコツがあるんですか?

高橋:よく「仕事と家庭の両立の秘訣はなんですか?」と質問されるので考えてみたんですけど、仕事も家事もあらゆることを〝プロジェクト〞としてみているように思います。移植手術も保育園のお迎えも論文もお弁当作りも、全部が同時並行で走っているプロジェクト。今どこに手が足りないのか、どこに力を入れるべきなのかとか、全体を見ながらマネージメントしているなって思います。

金丸:じゃあ、仕事も家事もフラットに考えているんですね。プロジェクトに問題があれば、優先順位を決めて対処して。自分でできることとできないことを切り分けて。そういう考え方ができるって、すごいですよ。

高橋:家事はいろんな標語を参考にしながらやってます。「立ってるものは姑でも使え」とか、「洗濯と掃除には愛情はいらない」とかね(笑)。でも料理は、ちょっと愛情がいるかなって感じ。

金丸:確かに(笑)。高橋さんを見ていると、自然体ですよね。素直に優等生で、素直に悪くなってみようと思い、素直に結婚相手を見つけて(笑)。そこが高橋さんの魅力です。

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