マリエ・ストーリーズの前に、慎吾はただ、無力だった。
「見てください。これがマリエのInstagramアカウントです。アカウント名はmarie.intokyo。実際にInstagramで探してみてください」
慎吾が目を輝かせながら、しかしながら諦めの色が混ざった表情で、マリエのInstagramアカウントを教えてきた。
確かにそこには煌びやかで2017年の東京を謳歌する、27歳くらいの女性の甘ったるい空気に包まれた写真が綺麗並んでいる。見ているだけで、ジョーマローンのイングリッシュ ペアー&フリージアの香りがしてくるような。
マリエのInstagramアカウントをフォローすると、タイムラインに彼女のストーリーズが並んでくる。そのストーリーズを覗くと(2017年1月17日12時から24時間有効)、西麻布の会員制和食店『ボヘミアン』でお楽しみ中な様子が映っていた。
その様子を見ると、慎吾は死んだ魚のような目をしながらも、淡々と解説を始めた。
元恋人のストーリーズに、男は何を想ふ。
「今日のストーリーズはまだ大人しい方ですね。『1967』あたりのカラオケ個室で騒いでいる様子がupされることもありますし、『エクアトゥール 』で高価そうなワインに舌鼓を打つ姿を目にすることもあります」
ー隣にいるのは、なぜ自分ではないのか。
慎吾はそうは感じないのだろうか。そういった心理さえ通り越して、マリエという存在を日々確認でき、僅かながらにでも繋がっているという感触を得られるだけでも(相互フォローなわけではないが)、彼は満足なのかもしれない。
気がつけば、毎朝通勤する山手線の中で、昼休みのデスクでUberEATSでオーダーした『クリスプ・サラダ ワークス』のサラダを食べながら、そして寝る前のベッドの中で、マリエのInstagramにアクセスすることが日課になっていた。
何度もホーム画面上に出てくる、赤紫色の円で囲まれた、マリエの丸いアイコンを、狂ったようにクリックし続けた。
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