
みりんと俺:真面目だけが取り柄の理系SEが彼女にフラれて気づいた「モテ」願望
キッチンに残された品々と忘れらない元カノという存在
戦闘力ゼロになった俺は、一人台所に立った。
社会人になると同時に引っ越した1LDKの東雲のマンションに典子が転がり込んでくるかたちで、丸5年ほど半同棲状態だった。その間、典子の洋服や化粧品などの荷物は俺よりも多いくらいだったので、彼女が出て行った部屋はがらんとしていた。
その部屋の中で、唯一典子の存在を残していたのがキッチンだった。食材や調理器具は持って行かなかったので当然だ。
キッチンは、典子といるときはほぼ踏み入れることのなかった場所だ。
典子はここでどんな思いで料理をしていたんだろう?俺はふとそんなことを考えた。
「美味しい」と口にすることはほとんどなかったから、もしかしたら不満に思っていたのかもしれない。典子は、体の芯から温まるような家庭料理が得意で、毎日食べても飽きない味だった。
振られた元カノを神格化しているだけかもしれないけれど、典子のいいところばかりを思い出してしまう。人の悪口を言うことはないし、いつも前向きで、女の子にしては珍しく感情が安定しているタイプだった。
根っから理系の俺は女の子に相談事をされると理路整然と返してしまうタイプで、がっかりされることが昔から多かった。それでも、典子は俺がどんなに空気の読めない発言をしても、優しく笑って許してくれた。
平凡な俺と典子はお似合いのカップルだと思っていたけれど、それは俺の驕りだったのかもしれない。
典子は本当にいい女だった。
そんなことを考えていたら、10年ぶりくらいに泣いてしまった。
取り残された俺とみりん。傷ついた男が決意したこととは?
典子に振られた後の一週間は何をやるにも気力が湧かず、自分の一部がもがれたような感覚だった。
しかし、いつまでも落ち込んでいる訳には行かない。そこであることを思いついた。
―振られたからと言ってめそめそするんじゃなくて、何か一つでも成長した姿を典子に見せたい。
水を飲みにキッチンに立つ。キッチンだけがこの家で唯一、典子の存在を感じられる場所だ。
改めて見ると、そこには沢山の調味料があった。
砂糖、塩、酢、胡椒、醤油、みりん…。
―砂糖は甘い、塩はしょっぱい、胡椒は辛い。みりん?みりんって何だ?
この30年、まともに料理に触れてこなかったせいか、全く分からない。
でも俺はその使いどころの良く分からない調味料を見て思ったんだ。
―このみりんを使いこなせるくらい、料理の腕を上げてみよう。
次週11.20更新
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