代々木上原の女 Vol.9

代々木上原の女:30歳の誕生日でのプロポーズ。結婚という「安定」と引き換えに失うものとは?

埼玉県出身のユリ。大手損害保険会社でエリア総合職として勤務。

港区から抜け出し、代々木上原という地で、迷い、葛藤しながら自分らしさを取り戻す。

聡とヨリを戻したユリだったが、代々木上原会で知り合った二階堂に徐々に惹かれていく。そんなとき、聡と親友・玲子の浮気が発覚。二階堂に慰められたユリは自分の気持ちを伝えようとするが…?


好きな男の口から聞いた知りたくなかった真実


―もっとズルくて強くならなきゃ、自分を守れなくなるよ?

失恋でぐちゃぐちゃになった頭に、二階堂の言葉が強く刺さった。

2人で軽く飲んだ帰り、トルコ文化センターがそびえ立つ井の頭通りを2人で歩いた。大山の交差点を越えて、灯りもほとんどない緑道に入りユリの家を目指す。

夜の暗い住宅街を2人で歩く。高校生のときの塾帰り、好きな男の子と少しでも一緒にいたくてわざと遠回りした。そんなことをふと思い出す。ここは東京のど真ん中で、しかも隣にいるのは30半ばの男だ。

「二階堂さん、私…。」

今まで蓋をしていた二階堂への気持ちでいっぱいになった。それでも、どうしても「好きです」の言葉が言えない。たった4文字が、どうしでも出ないのだ。

歩きながら、しばらく沈黙が続く。

「二階堂さんは、好きな人とかいるんですか?」

かすれた声で、精一杯出た言葉がそれだった。しかし、思いもよらぬ返答に、ユリは目の前が真っ暗になってしまった。

「いるんだけど、なかなかつかみどころがない人でね。」

熱の入っていない声で静かに答える。

「…前の妻だよ。」

―ツマ。

二階堂の口から出た妻という言葉が、遠い国の言葉に思えた。

永遠に続くように思われた緑道が終わり住宅街の細い小道を抜けると、ユリのマンションに着いた。

二階堂はユリの頭に手を優しく置いた。

「元気出してね。」

彼は、そう言ってにっこりと笑って去った。

―36歳のバツイチでこじらせた男の気持ちなんて、私はまだ分かりたくもない。

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