31万円(管理費込み)の家賃は彼が払い、光熱費、食費、雑費は香織が出した。少しだけ背伸びすることをモットーにしている涼は、転職して給料が上がり光熱費の負担はなくなったものの、家賃は以前よりも高くなった。その家賃を払い続けるため、彼はより一層仕事に熱中し、早く結果を出すためにと、毎日残業して帰りはいつも深夜になった。
中目黒に引っ越して、香織はまず調理器具を揃えていた。炊飯器は思い切って処分し、お米を炊くのは土鍋に変えた。ル・クルーゼのココット・ロンドは作り置きが出来るよう22cmの赤を選び、保存用に野田琺瑯のホワイトシリーズを5個買った。
他にもグローバルの包丁、柳宗理のフライパン、オリーブのまな板にフィスラーの圧力鍋と、どれもいずれ欲しいと思っていたものばかり。
涼が多忙になったこともあり、恵比寿で週末だけの半同棲生活を送っていた頃よりも外食は減り、週末は香織が夕飯を作ることが多くなった。好きな人のために手料理を作る喜びを噛み締めながら、自分がこんなに家庭的な女だったことを、香織は初めて知った。
少し高めの調味料や食材は『プレッセ』で買い、日常の買い物は『東急ストア』を利用した。『ライフ』まで足を延ばすことは少なく、外食に行く以外で休日に山手通りを渡ることほとんどなかった。
山手通りを渡るのは、ピザの『聖林館』やイタリアンの『イカロ』、焼き鳥の『いふう』に行く時がほとんどだった。他にも『ビストロタツミ』のモツ料理は絶品だったし、気軽にワインが飲みたいときは『クオーレ アズーロ』へ行った。
引っ越ししてまず行ったのは目黒川沿いの『水炊き しみず』と、ランチは『トラットリア・ピッツェリア イル ルポーネ』だ。
青葉台エリアでは、イタリア・アマルフィの料理が楽しめる『ティ ピッキオ』に、同じくイタリアンで、新鮮な魚介がいただける『フェリチェリーナ』にも行った。
休日は、お昼頃に香織が作った遅い朝食をダイニングテーブルで向かい合って食べる。そんな時は彼の希望通り、鮭の塩焼きに味噌汁など和食のメニューを準備した。
朝食をすませると目黒川周辺をただぶらりと歩くだけの日があればカフェに入ってゆっくりコーヒーを飲むこともあり、それは平日のコミュニケーション不足を補うための貴重な時間となった。
同棲を始めて半年になる頃、涼の仕事はより一層忙しさを増したようだった。平日でも、帰ってくるのが朝の4時頃になることが何度もあった。そんな時香織は、ドアのガチャリという音に一瞬目を覚まし、半分意識のないままベッドから「おかえり」と声をかけるのがやっとだった。
涼の身体が心配だったが、仕事に一生懸命な彼のためにできることはやはり美味しくて健康に良い料理を食べてもらうことだと思い、香織はますます料理の腕に磨きをかけた。
朝起きるとリビングの床に丸まった靴下が転がっていても、濡れたままのバスタオルがソファに置かれていても「ここに置きっぱなしにしないでね」と優しくお願いし、テレビをつけたままお風呂に入っていれば何も言わずにそっとテレビの電源を消した。
あまり口うるさい女にはなりたくなかった。聖母のような優しさで彼を包めるよう、大人の女性になれるよう頑張ったのだ。
いつか、香織が実家に帰省した際に母親から言われた「結婚前は相手を両目でしっかり見るの。でも結婚したら片目は閉じなさい」という言葉を、たまに思い出しては口から出そうになる細かい不満をぐっと飲み込んだ。
同棲生活に少しの我慢が必要なことは承知の上だ。涼だって、香織に対して思うところはあるはずだから。それでもすでに半年近く円満な同棲生活を送っているのだから、自分たちは協力し合いうまくやっていけるのだと信じていた。
ところが、香織の思いをナイフで引き裂くような出来事が起きたのは、そんな矢先の穏やかな土曜日の昼間だった。
日比谷線の女
過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。
そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。







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