2016.04.08
恋愛レシピ Vol.1それは嫉妬なのか?美咲が思わず取った行動は…?
「マキの嘘つき!」
今宵出会った男性陣と別れた後“お食事会”のお決まりコース、“品評会”でお気に入りの『エムハウス』に落ち着くと、美咲はマキに噛みついた。
くっきりと引いたアイラインが睨みに凄みを与えている。
「赤坂にある広告代理店って言ったよね?」
「え?赤坂にあることは間違いないよ」
「だからー!」
「汐留じゃなければいいでしょ」
今日の相手は、“赤坂にある”無名の広告代理店に勤める幹事の男と、理系のエンジニアだった。
「高村先輩、昔はかっこよかったんだけどな」
「無理して代理店デビューしちゃった系か。痛々しい」
「中小の代理店の男の、あるあるだよ。エンジニアはいい人だったじゃん!」
理系は理屈っぽいので、美咲の苦手とするタイプだ。「はいはい。いい人っていうのはどうでもいい人。褒めるところがない人に向かって、最後の砦みたいな褒め言葉だよね」
「美咲、拗ね過ぎ」マキはなんだか得意気な表情だ。
「マキはいいよ。あんなにヨイショされて」
「ヨイショじゃなくて実力と言って」
「『マキちゃん、いいにおいするね』とか『髪がきれいな女の子っていいよね』とかさ。あれはないわ」
「なに?嫉妬?」
ギクリ。聞こえるはずもないその音はきっと空耳に違いないと自分に言い聞かせ、美咲はすかさず言い返した。
「まさか。『いい匂いするね』なんてオヤジくさい」
「ま、その褒め言葉もあながち間違っちゃいないけど」
「そうね、マキじゃなくてシャンプーの実力だもんね」
「ちょっと!」
「何ていうシャンプー?」
「ヘアレシピってやつ」
ちょうど駅の改札に到着し、用事を思い出したかのように美咲がいった。「あ、私恵比寿に寄るからここで」
「新しい男の家?」
「ま、そんなとこ」
「ずるーい!」
― 新しい男だったらいいんだけどね…… 。
心の中でそう呟きながら、美咲は余裕を見せつけるかのようにわざとらしく笑顔を作り、マキに手を振った。
美咲が向かった先は、恵比寿のドラッグストア。昨日切れてしまったシートマスクを買うためだ。化粧水と乳液は百貨店にあるブランドで揃えているが、シートマスクだけは毎日心置きなく使えるプチプラのものにしている。目的の商品を手にレジに向かおうとしたとき、商品棚にある見慣れぬボトルがふと目に入った。
― これがマキが言ってたシャンプーかな……。
何気なく手に取り、隣に置いてあったヘアオイルとトリートメントと一緒に買い物かごに入れた。何となくよさげに見えるものを深く考えもせずに買ってしまうのは、美咲の悪い癖だ。そして、その『衝動未満買い』によって増えた荷物があることを言い訳にして、今日もタクシーで自宅のある祐天寺に向かった。
家に帰り、先ほど購入した品々を買い物袋から取り出しながら、美咲はぼんやりと思った。
― マキにさっき教えてもらった美容グッズを早速買うなんて。なんだか負けを認めているみたいじゃない……。
そんな悔しい気持ちが沸きあがったが、と同時に、翔太との失恋以来、やさぐれ街道まっしぐらだった自分はセルフメンテナンスすら行えていなかったという事実を痛感させられた。
そして、マキに感じた敗北感は全くのお門違いだ。八つ当たりでしかなかったことを心の中で懺悔した。
浴槽に浸かり、目を閉じる。湯船でゆったりとした時間を過ごすのが美咲の日課だ。だが、失恋してからというもの、どうしても翔太のことを考えてしまう時間帯になってしまっていた。失恋後の過ごし方は2通りある。外へ出て新しい恋を見つけるか、何事もなかったかのように毎日を平穏に暮らし傷が癒えるのを待つか、のどちらかだ。
その日は気付けばいつもより丁寧に髪を洗っていた。
甘い匂いが浴室に漂い、少しずつ心がほぐれていく。期待値を上回るその実力に気分を良くした美咲は、シャンプー、ヘアオイル、トリートメントを一通り試してみた。指通りが良くなり、髪が艶やかに蘇っていくのが分かる。
― 私ももう大人だし。新しい恋を衝動的に求めて、合コンで寂しさを埋めるなんて考えは捨てよう。
そう決意する美咲だったが、今は新生活が始まったばかりの4月。“お食事会”へのお誘いも自然と多くなる。モテる上に恋愛体質、まだ25歳の美咲にとって、ただ傷が癒えるのを待つ、という過ごし方が正直難しいことは言うまでもない。
【第一話完】
●次回予告(4月15日配信予定)
同僚マキ主催の"お食事会"は不発に終わった。翔太との失恋の傷は当然癒えておらず、それどころか女子力を失いつつあるキラキラ女子、美咲。次回、そんな美咲に新しい恋の予感……!?
<出演>中谷太郎、小板奈央美
<撮影協力>M/HOUSE
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