「そんなことより、じゃあ土曜日にテレビを見る前は?それ夜遅くからでしょ」
「映画を観たり、料理をしたり。そんな特別なことじゃないです。ただ、お料理が美味しくできたときは、やっぱり誰かに食べてほしいと思っちゃう」
結局あまって無理に冷凍するから、冷凍庫がいつも混み合っているのだ。
「誠さんは?恋人ができたら何を?」
「僕は、“ひとりプーケット”を卒業したいな(笑)」
昨日言っていた週末のことだ。なんだか段々ぼっち自慢みたいになってきたけど、きっと自分だけじゃなくてひとりの30代って見えないだけでいっぱいいるのかもしれない。みんな、機が熟すのを待っている。
「あ、彼氏と一番してみたいことを思い出した!」
「なになに?」
「お花見。私、一緒に日本酒を飲みながらお花見をしたい!1年で一番好きなことだから」
いまシンガポールでは夏気分だけれど、そういえば桜の季節まであと1カ月をきっていた。
そんな話をしているうちにあっという間に閉店の時間になり、昨日と同じく、いつの間にかお会計は済んでいた。ちょうど帰る時になって、小雨が降り始めていた。
「ちょっと待ってね、すぐ来るから」と言って、誠さんはタクシーの配車アプリ「ウーバー」でタクシーを呼ぶ。そしたら本当に5分ほどでクルマがきて、「ホテルまで送ってもいいかな?」と誠さんはクルマのドアを開けた。
もしやまたガバッと……と一瞬、昨夜のことが頭をよぎったけれど、不安よりも、話の続きを聞きたい気持ちが勝っていた。
でもクルマに乗ったらさっきまでのオープンな恋愛話をするのは気恥ずかしくなり、私たちは互いの子供の頃の話を始めた。誠さんは、小学生時代を過ごしたという徳島の阿波踊りの話をしてくれた。
「小学校の運動会で、みんなで踊るんだよ」
そんな他愛もない話。「みせて」とリクエストしたら、照れながら軽く踊る素振りをしてくれた。やっぱり送ってもらってよかった。
あっという間にホテルに着くと、去り際、自動ドアが開いたくらいで誠さんは落ち着いた声でひとこと言った。
「僕は、ゆっくり追いかけるから」
私が固まっていると
「もしもまだ忘れられないなら、天秤にかけて」
と続ける。そのあとの言葉はなく、エレベーターに乗る直前に振り返るとまだそこにいて、ただ手をふって別れた。
部屋に戻ると、私はすでに会ったあとなのに鏡でメイクのチェックをしていた。ああ、マスカラが少し落ちてたのか……、なんて思ったけれど後の祭り。今晩はよく笑ったからかもしれない。そんなところ、一件の新着LINEに携帯が震えた。
梨花ちゃん、元気?
ただそれだけの、健二さんからのメッセージだった。
(次週予告)
次第に佐野 誠との距離を縮めてきた梨花。それなのに、ここにきて“忘れたい人”健二からの連絡が。梨花はまた健二を追いかけてしまうのか?それとも佐野 誠の気持ちを受け入れるのか?最終回は次週3月21日(月)に公開!