「昨年末にオープンしたばかりの美術館で、週末にぼーっと2時間くらい過ごすのにちょうどいいんだ」と言っていたけれど、巨大でクラシカルな建築は想像以上に美しかった。
中に入りダイナミックな吹き抜けのロビーを携帯で撮ろうとしたら、Gmailのアイコンに新着メールの合図“1”が浮かんでいた。誠さんの会社からだった。
梨花さん
こんにちは。
昨夜は遅くまでつき合ってくれてありがとう。
無事にホテルまで帰れたかな?
普段は接待でばかり食べるチリクラブだけれど、
ああやってリラックスして食べるといつもより美味しく感じました。
とても楽しかった。
帰り道、驚かせてしまってごめんなさい。
久しぶりにこういう出会いがあって、
僕はつい舞い上がってしまいました。
それで梨花さんがどんな気持ちになるかを気にせず、
焦って自分の本音を伝えてしまった。
何かがふっとおりてきたというか、止められなかった……。
残りの滞在、楽しんでくださいね。
今日も一日、梨花さんが美味しいものを食べられるといいです。
もうそんな気分じゃないかもしれないけれど、
梨花さんがシンガポールにいるうちに、また会えたら嬉しいです。
佐野 誠
この人は、私か。まるで自分をみているようだった。直感と本能で動いて、初期につい突っ走ってしまう。楽しい時間を過ごした分だけ気持ちが高まって、止められない。家を出るときには“今日は押さえめで”と思っているのに、会うと情熱的になるタイプ。健二さんのときもそうだった。
このメールはすべて本当のことだと思えたし、会うことを拒否する理由はなかった。先の関係は考えすぎず、どういう人なのかをもっと知ってみたい。
アジア各国のアーティストの色彩豊かな作品を眺めながら、返事の内容をゆっくりと考えた。
誠さん
お疲れ様です。
昨夜はたくさんご馳走になり、ありがとうございました。
私、チリクラブのお金は自分で払うつもりだったのにすみません。
もし都合があえば、お礼に今日か明日の夜ごはんをご馳走させてください。
いまは美術館にいて、これからセントーサ島に行こうと思っています。
興味があるホテルがいくつかあるので楽しみです。
梨花
そう、昨夜チリクラブの店で、私は終盤トイレに立ったわけでもないのに気づいたら会計は済んでいたのだ。ひとり日本円で1万5000円はしただろう。