6年振りに見た寛は、何も変わっていなかった。むしろ愛子の記憶に残っていた姿よりも、いい男になっていた。シャープな顎のライン、きちんと整えられたストレートの黒髪、年齢を感じさせない滑らかな肌、そして高いけれど主張の強過ぎない鼻が、寛の顔を上品に仕上げる。
愛子が大好きだったその鼻を、寛はなぜかコンプレックスだと言っていたことを思い出し、愛子の鼓動は一瞬乱れる。
寛と出会ったのは愛子が24歳の時、アメリカ留学から帰国し、現在も務めている会社に就職した直後だった。
初めてのデートで訪れたのは西麻布のフレンチだった。
2回目のデートで寛からストレートに「付き合ってほしい」と言われた夜のことを愛子は今でもはっきりと覚えている。
20歳を過ぎた頃からだろうか。男女の付き合いのスタートに、白黒はっきりしないグレーな期間が出てくるのは。
学生の頃、確実に一段ずつ上がっていた男女関係の階段。
片思い、告白、お付き合いがスタートすればキスをして…。絶対的だったその順番は年齢を重ねるほどに一段飛ばしだったり、上から降りてくることの方が多くなっていた。
そのランダムな流れに最初は戸惑うのだが、いつしか『そういうもの』として受け入れるようになり、自分は階段上にいたつもりでも「え?この関係に階段なんてないでしょ。上にも下にも行かないよ?」と平気な顔で言われる場合さえある。
愛子もグレーな関係に折り合いをつけられるようになりかけた頃、きちんと階段を上っていこうとする寛の姿勢は、子どもの頃に通っていた公園の風景を唐突に思い出したようだった。
愛子が、アメリカ留学時代の生活を懐かしめば、ナショナル麻布マーケットへ買い物に行った。天気の良い日はワインとチーズにフライドポテトを買って、有栖川宮記念公園でピクニックをしていたのは寛との1番の思い出だ。ナショナル麻布マーケットの2階で買ったグラスは今も、太一と住む家の戸棚に入っている。
東京DINKS
国内で360万世帯いるといわれる、意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)。東京のDINKSの生態を描いていきます。
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