黒塗りの扉 Vol.8

妻はなぜ、この男と通じ合う?ついに牙をむいた、運転手の陰謀

東京のアッパー層を知り尽くし、その秘密を握る男がいる。

その男とは…大企業の重役でも、財界の重鎮でもなく、彼らの一番近くにいる『お抱え運転手』である。

時に日本を動かす密談さえ行われる「黒塗りの高級車」は、ただの「移動手段」ではない。それゆえ、上流階級のパーティではいつも、こんな会話が交わされる。

「いい運転手を知らないか?」

一見、自らの意思などなく雇い主に望まれるまま、ただ黙々と目的地へ向かっているように見える運転手が。

もしも…雇い主とその家族の運命を動かし、人生を狂わせるために近づいているのだとしたら?

これは、上流階級の光と闇を知り尽くし支配する、得体の知れない運転手の物語。

ようこそ…黒塗りの扉の、その奥の…闇の世界へ。

これまでのあらすじ


自らの手腕で成り上がった男・環利一(たまき・としかず)。利一は、新たに雇った運転手・鈴木明(すずき・あきら)の身辺調査を始め、その結果を自らの別荘で鈴木に突きつけた。だが鈴木は利一が雇っていた調査員の存在にすぐ気がつき、自ら情報を調査員に渡したと言う。

2人が対峙しているちょうどその時、鈴木の携帯が鳴る。その電話は、利一の妻・聡美からだった。


「…奥さまからなんです」

困った顔でそう言った、運転手・鈴木明の手の中で鳴り続ける電話。その着信画面は、環利一の方へ向けられており、ディスプレイが表示しているのは彼の言葉通り〝環聡美さま〟という文字。

ありきたりな着信音のはずなのに、酷く耳障りに聞こえる。利一は、聡美が絡むと感情がざわざわと波立つ自分を思い知らされたようで、気分が悪かった。

利一がどう返すか迷っている間に電話は切れた。

鈴木は困った顔のまま、携帯を持っていた手を静かに下げた。利一は鈴木から視線を外さず、この状況の分析を始める。

鈴木明を雇って、1か月が過ぎた。利一が知る限り、聡美と鈴木が会い、2人きりになったのは、あの隠しカメラの日だけのはずだ。ならば。

―あの日に電話番号を交換したということか?

今まで雇った運転手も、利一抜きで聡美だけを乗せたこともあった。聡美は、彼らへの礼を欠くことはないものの、最低限の挨拶のような言葉を交わすことしかせず、無関心といった対応だったのに。

―なぜ聡美は、鈴木にだけ、興味を持った?

コツ、コツ、コツ。

鈴木の革靴の音がテラスのウッドデッキに響き、ピタリと止まった。持っていたワイングラスを置くためにテーブルに近づいただけではあったが、その音は、調査員の佐藤の『ゾッとしましたよ』という話を利一に思い起こさせた。

夜の光でもわかる、よく手入れされた黒革の靴に一瞬目を奪われる。その時、かすかな声がした気がして利一が顔あげると、鈴木が笑っていた。

「…何がおかしいんだ」

利一が唸るような声を出す。鈴木の顔からは、さっきまでの困惑した表情は消え、まるで別人のようだった。そして、その別人のような鈴木が、言葉に笑いを含ませたまま続けた。

「すみません、何かツボに入っちゃって。まるで片思いの少年のように挙動不審になりますよね、環さんって聡美さんのことになるといつも。お前、何で電話番号を知ってるんだ!とか素直に聞けばいいのに、なんか可愛いなあって思って。

まあ実際に、永遠の片思いなんだから仕方ないかあ…。気を引くための女遊びなのに、聡美さん全然無関心ですもんね。切ないですねえ。

あ、ちなみに今の電話は、正真正銘聡美さんからです。ウソじゃないけど、信じてくれます?」

出会って以来の丁寧で上品な言葉遣いが消え、豹変した鈴木の砕けた口調に、利一は呆気にとられ、言葉を失った。

「全世界に敵なしっていう勢いの、環利一の唯一の弱点。それが聡美さん。だから私は…彼女を利用して、あなたを、今の地位から引きずり下ろすためにここにきたんですよ。

まあ、聡美さんを傷つけちゃうのはちょっと胸が痛む気も…しますけどねぇ」......

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