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東京DINKS Vol.5

東京DINKS:昔日の思い出の箱を開けることは許されるのか

愛子は会社帰りに、年末のホームパーティに招いた、アッパー夫妻の家に来ていた。

寛に何度も会ったことのある恵に、クリスマスに偶然再会したことを報告した。案の定、恵は餌を見つけたサメよろしくこの話に勢いよく食いつく。

「寛さん、今何してるの?相変わらずいい男だった?結婚は?」
「話なんてほとんどできなかったからわかんない。私の方が知りたいくらいよ。」
「じゃあ指輪は?してなかった?」
「してなかったと思うけど…自信ない。でも、結婚しても指輪つけてない人多いから。」
「そう、あれって義務化すべきよね、結婚後の指輪。シングル女子にとっては明日の天気より、目の前にいるイケメンの薬指事情の方が気になるって話じゃない。」

少しの段差は物ともせず、ガシガシと我が道を行き、せっせと部屋を掃除してくれるルンバのように、恵が頼もしく思えた。

「それとね、太一、浮気してるかも。」

まるで「来週、ちょっと実家に帰省するんだ」とでも言うテンションで、愛子は切り出した。

先日、愛子がLINEを送っても太一のiPhoneはバイブが反応するだけで、画面には何も表示されなかったことを相談した。

「これって、普通なの?何か後ろめたいことがあって、表示しないよう設定してるとしか思えないんだけど。だってどう考えたって不便じゃない、仕事で使ってるわけでもないし。じゃあ後ろめたいことなんて女関係しかないよね。」

愛子が、いつもより少し早口に伝える。

「あーそれは、限りなく黒に近いグレーってやつだわね」

恵が笑って茶化すが、愛子のムッとした表情を見て、真面目な顔に戻って続けた。

「ごめんごめん、でもどの程度かはわからないけど、隠し事があるのは確実。で、男が妻に隠したいことなんて女関係が大抵よね。」

「だよね。太一の浮気を疑うまでは、寛には会わないつもりでいたんだけど、太一が浮気してるんなら、私だけ我慢するのが馬鹿らしく思えてきちゃった。」

「会ってみればいいのよ。寛さんだって、ただ愛子の近況を知りたいだけかもしれないんだから。」

きっと、恵ならそう言ってくれると思っていた。保守的なところのある明日香だったら「会うべきじゃない」と言っただろう。背中を押してもらうため、愛子は恵の家に来たのだ。

34歳の女は、目の前に突き出された思い出たっぷりの箱を、そのまま蓋を閉めてリボンを結び直すほど純粋じゃなければ、好奇心を失ってもいない。

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東京DINKS

国内で360万世帯いるといわれる、意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)。東京のDINKSの生態を描いていきます。

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