モニター越しに演じられているのは18歳になった女子高生と冴えないアラフォー男性の逃避行だ。主演の2人が逃げながら、お互いが唯一無二の存在に変わっていく。それは単なる恋愛とカテゴライズされる絆ではなく、ソウルメイトに出会ったような、尊重し分かり合う温かい関係。
これから撮影するのは、男性が彼女を何よりも守るべき存在だと自覚するシーンだった。ただし、安易な言葉や行動では陳腐になると、このドラマでは全体を通していわゆるラブシーンが一切ない。
それについても、キョウコと大輝は随分揉めた。実生活において、恋をすれば言葉や態度を尽くして愛を伝える彼と、語らぬ想いを大切にしたキョウコの意見はことごとくすれ違ったのだ。
― そんなことも、別れて初めて知るなんてね。
崇を挟んで向こう側にいる大輝に目をやると、視線に気づいた彼が小さく微笑んだ。キョウコはさりげなさを装い、モニターに目を戻す。
― 私は、彼に何を話してしまったんだろう。
倒れて数時間後、夜明け近く――目を覚ましたとき、枕元には大輝がいた。心配そうにのぞき込まれ、まだぼんやりとした意識のままに、思わずその頬に手を伸ばしかけ――「お水とか持ってきますか?」と大輝が立ち上がったことで、これが夢ではないと気づき、慌てて腕を引っ込めた。
体を起こしてグラスを受け取ったキョウコに、まだ寝ていた方がいいのではないかと大輝は眉を下げた。
もう大丈夫だと答えても、大輝は側を離れなかった。そしてしばらくすると静かに切り出した。
「キョウコさん、何か――抱えてること、言いたいことってありませんか」
「…え?」
「お医者さんが言ってました。あなたが何かを…随分我慢してるんじゃないかって。東洋医学的にみると、倒れたのにはそういう原因も考えられるそうです」
「そんなことない、大丈夫よ。本当にただ睡眠不足だっただけ」
「でもそうは見えません」
大輝は納得せず、さらに踏み込んできた。
「キョウコさん、意識を失う前に何て言ったか覚えてます?」
問われて、霞がかかったような記憶が徐々に戻って来る。まさか。
「…あれって夢じゃないの?」
「夢って?」
「私、もしかして…友坂くんの…」
腕の中に倒れた?とは言葉にできず。けれど大輝の表情がそれを肯定している。もし、あれが夢でなかったのだとしたら。
「私――何か言ってた?」
「…」
怖い。だって――大輝の夢を見るたび、キョウコはいつも、行かないで、と叫んでしまう。本当は別れたくなかったのだと、今でも縋りついてしまうのだ。
「何か言ったのね。あなたに」
「…」
沈黙が答えだ。耳の奥で脈が大きく、どくん、どくん、と不快な熱をはらんで鳴り響く。それでも聞かずにはいられない。
「答えて。私は何て言ったの?」
「…」
「友坂くん!」
大輝は視線を落とし、小さく息を吐いた。
「…今は幸せか、と」
「…それだけ?」
「はい」
最悪な言葉は溢れなかったのだと、救われたのはつかの間だった。
「でも、あなたは泣いていました」
「…」
「涙は、なぜ…?」
「…」
「幸せか、とはオレへの言葉でしたか?」
指先からすぅっと熱が引き、キョウコは背後のベッドボードにもたれかかる。明け始めた空の光が一筋、障子の隙間から差し込み大輝の肩で光った。
「あなたは?あなたは今、幸せですか?」
「……幸せよ」
大輝はさらに眉を下げた。
「あなたは自分で思っているより、ウソがつけない人なんですよ。別れた時もそうだった。別れたいと言うくせに、別れることが苦しそうで。なのにオレが何度縋っても突き放した」
「…」
「なのに、今のあなたは幸せじゃないなんて。どうして、ですか?」
このままでは溢れてしまう。キョウコは逃げるように視線を逸らす。けれど、逃がしてはもらえなかった。
「オレに詮索する権利なんてもうないと思ってました。でも」
「…」
「そんな顔をされたら……聞かなければならない気がします」
「…」
「別れた理由。あなたは“守りたいものが変わったから”と言った。あの時あなたが守りたかったものを――今なら教えてもらえますか?」
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