「悪事を暴く――って言いました、今?」
40平米ほどのワンルーム。事務机の前に置かれた小さな応接セットで、弁護士の佐藤はまるで子どものように首を傾げてみせた。
真壁と会う数日前、佐藤との2回目の打ち合わせで、ともみは事情を話し、協力を求めたのだ。
「はい。今回、YUMEを事務所に所属させたのは、思いっきり歌わせたいということと……実はもう一つ理由があって」
「それが、悪事を暴く、ですか。それはあまりにも意外な相談ですね」
あまり驚くことはないんですけどね、と言いつつ、佐藤の張りついたような朗らかな笑顔は崩れない。
「ご依頼を頂いてから、私も“ほんの少しだけ”あの事務所を調べました。少し叩けば色々埃が出そうではありますが…悪事を暴く、というのは、ねぇ。今時の若い人でも、そんな正義感があるものなんですか?」
「正義感じゃありません。復讐ですから」
「やっぱりそうですか」
食えない人だ…と内心で毒づく。佐藤は“ほんの少し”と言いながら、とうにともみやYUMEの過去を調べ上げているに違いない。
― だからこそ、この人の力を借りたい。
子役時代からクセの強い大人に囲まれて育ったおかげで、頼るべき大人を見分ける勘は働く。それは“ただのいい人”ではなく、今の自分にとって必要な人かどうか。
佐藤は、不気味なほど感情の揺れが見えない。相手に手の内を読まれる隙が一切ないのだ。その上、勝つためには手段を選ばないあくどさは光江のお墨付き。弁護士なので守秘義務もあり、口の堅さも申し分ない。共犯者にはうってつけだ。
そんなともみの狙いなどお見通しだろうが、佐藤は穏やかな笑みのまま、ふむ、と頷いた。
「まあ、何やら楽しそうなので。追加料金さえ頂けるのならご協力しますよ」
ありがとうございます、と言いかけて、ともみはわずかに怯んだ。
「やっぱり、追加…料金ですよね」
「はい、私が何をするかによって、上乗せの額は変わります」
ただでさえ高額を請求されるのに…と冷や汗が滲むが背に腹は代えられない。ともみは覚悟を決めて切り出す。
「お願いしたいことは、まずはリサーチです。あの事務所には未成年のアーティストも多く所属しています。彼らが違法な労働や、美容整形を含めた不当な処置を強要されていないか調べて欲しいんです。可能でしょうか」
「そういうのはないと信じたいところですけどねぇ。まあ、あればすぐ出ますよ」
すぐ出る、と言い切る佐藤の軽さに寒気を覚えながらも、ともみは平静を装った。
「私を使うのなら、全てを話してもらいますよ。あなたたちにとって都合の悪いことも全部」
「…いいんですか?聞けば、本当の意味で共犯になりますよ」
「私は全体像が見えない仕事はしない主義なんです。あなたがたが何を企んでいたとしても、私が関わる限り共犯などにはなりません。共犯とは、共に罪を犯すことでしょう。有罪判決が出なければ、罪など存在しなかったということになる」
「…やっぱり、佐藤さんって怖いですね」
「どうしてですか?」
「罪を犯しても、裁判で消してしまえる、という風に聞こえます」
「いやだな、そんなこと一言も言ってませんよ」
協力すると言われているのに、味方を得た安心感など微塵もなく、むしろ警戒心で肌が粟立つ。佐藤の都合が悪くなれば容赦なく切り捨てられる――その冷酷さを覚悟した上で、ともみは計画の全てを佐藤に明かした。
「なるほど…まずはYUMEさんの知名度を上げる、と。正しい順番ではありますね」
計画の全体像にひとまず及第点を出した佐藤は、その後完璧な要望書と契約書を仕上げてくれた。
◆
大分県・筋湯温泉/配信ドラマの撮影現場
倒れた2日後。睡眠不足が解消され、キョウコの体調は戻っていた。監督の門倉崇にはもう少し休むようにと心配されたが、今日はロケ現場に同行している。テントを張った通称“ベース”で、崇や音声部、スクリプターと共にキョウコは、モニターのリハーサル映像を見つめていた。






この記事へのコメント
コメントはまだありません。