港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが、その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
タフクッキーとは、“噛めない程かたいクッキー”から、タフな女性という意味がある。
▶前回:「もう少しだけ、こうしてて」元カノと過ごした一夜に、知ってしまった彼女の苦悩
「何の根拠もなくこんな話はしませんよ。今や私にも色んな伝手ができまして、真壁さんのことも調べようと思えば、どんなことでも調べられるんですから」
「…どんなこと、でも?」
はい、どんなことでも、と、ともみは笑みを消して重ねた。
「だからまずは、私とYUMEをあの頃と同じようには扱えないことをご理解いただきたいですね。今やYUMEには他のレーベルや事務所からのオファーも殺到しています。その中から選ぶのは私たちであって、真壁さんは“私たちの選択肢の1つ”なんですよ?真壁さんがYUMEと契約をしたいなら、まずは私たちに敬意を払うところからはじめてもらえませんか?」
敬意、ねぇ、と笑った真壁にともみが弁護士の名刺を差し出すと、へぇ、と真壁は鮮やかなブルーの長い爪で摘まんで、ひらひらと表裏を見た。
「結構な大物引っ張りだせたんだね。ギャラ、払えるの?」
「もちろんです」
ともみは嫣然と微笑んで見せるが、内心は穏やかではない。どうにかするしかないと決めてはいるものの、実際のところ、いくら請求されるのか見当もつかないのだ。真壁が“大物”と言ったその弁護士は、光江に頭を下げて紹介してもらった、エンターテイメント界の契約では“無双”と言われるほどの敏腕で、依頼人の希望は必ず叶えるという。
事情を深く聞くこともなく紹介してくれた光江だったが、最後にこう釘を刺された。
「当たり前だけど、支払いはアンタがどうにかしなよ。そこまでの面倒は見ない」
「も、もちろん、です」
「あの男、腕は最高だけど、相当がめついから覚悟しときな」
「はい…」
佐藤太郎、というウソのような名前の弁護士は、「50歳になったばかりなんですよ」となぜかニコニコと年齢を自己申告した。だが、かなり後退した生え際の頼りない毛量と、深い顔の皺を見る限り、還暦を過ぎていると言われた方がしっくりくる。
訪ねた事務所も、よくあるタワマンのオフィスではなく、赤坂の古い雑居ビルの一室だった。「事務所にお金かけるなんて無駄ですからね。経費は天敵です」と穏やかに笑った佐藤の笑顔に蛇を思い出したのはなぜだろう。確かに、事務所だけではなく、スーツも時計も靴も、金をかけている気配がどこにも見当たらない。その徹底したケチっぷりに金への執着を感じて恐ろしい。
― 最悪…ものすごい分割払いにしてもらおう。
真壁に舐められないための必要経費だと、ともみは自分に言い聞かせる。そしてもう一度「他の事務所と話す予定もあるんですよ」と真壁を煽ると、彼女は名刺から上げた目を細めて、皮肉気に唇を歪めた。
「じゃあ、契約しましょ。この弁護士なら他の事務所ともうまくやりそうだし、その前にうちで、YUMEをもらっちゃいたいから」





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